第3章 2-3 出撃前夜
「そんな、ばかな! 竜の軍団相手に籠城!? 相手は空も飛ぶし、地下だって潜る。一般市民だって何万もいる。千人いたって護りきれない!」
「だから、さっきから云ってるじゃない、ばか、ばか! こっちが既に戦力半減なのよ! 戦わずして降伏してもおかしくないの! おまけに、セチュなんて何人逃げ出すか知れたものじゃないわ! 是が非でも、こっちから全力で奇襲かけて、一気に相手の大将首をとるしかないの! それなのに! アーリー、まさかそれで、籠城に決まったんじゃないでしょうね!?」
マレッティが切羽詰まっている。カンナは、良く分からないがそれだけで只事ではないと思った。いままでカルマでは感じたことの無い、異常な緊迫感だ。
「議論は逼迫し、結局都市政府は折衷案としてカルマに奇襲を、モクスルとコーヴには都市防衛籠城戦を依頼した。それが結論だ」
マレッティが天井を仰ぎ、フレイラはわなわなと震えだした。
カンナは、そんな三人をおろおろと見回すのみだ。
「戦力半減に加えて、戦力分断とは……。これでサラティスも呆気なく陥落かしら。いまのうちに、逃げ出す準備をしておいた方がよくない? ……冗談よお。冗談。で、いつ出るの!? 今夜?」
「明日の朝一番にカルマは都市を出る。そして平原で待ち伏せ、夜襲をかけ本陣へ斬り込む。モクスルから有志が助勢に来る」
「役にたつんすか?」
「たつ。可能性が低いだけだ。戦力として我々に匹敵する。そして、この中から一人、都市に残ってもらう。都市防衛隊の指揮と、万が一奇襲陽動隊が全滅したときのためだ。カルマが一人も残らないのでは困るからな。最初に云っておくが、カンナではない」
マレッティとフレイラが一瞬、カンナを見かけて、互いを見た。そしてまたカンナを見る。確かにカンナにモクスルやコーヴの指揮や、いざというときのカルマ再建は無理だろうが、竜の大軍団の只中につっこんで行くというのも無謀だ。お気の毒、という感じだ。
「フレイラ、お前が残れ」
「はああああ!?」
「お前のガリアは集団戦に向いていない」
「でも……!!」
フレイラはしかし、グッと言葉を呑み込んで、無言で同意の意思を示した。だが、その眼は憎々しげにアーリーをみつめている。カンナは心臓が高鳴りすぎて、目眩がしてきた。
「ま、そういうことお。しっかり役立たず共を束ねてちょうだい。私たちがいくら本陣へ吶喊をかましたって、多勢に無勢。余った竜は都市を襲うのだから……。カルマが一人残るのも手よお」
マレッティがフレイラの肩を叩いてそう云うと、
「じゃ、明日の朝イチねえ。準備しておくから」
螺旋階段を下りた。アーリーも無言で続く。カンナはフレイラへ何か云いかけたが、フレイラが無視してアーリーに続いたので、また下女たちが後片付けをして最上階の広間を閉じるまでそこに立ち尽くしていた。
その深夜。カンナがこっそりと自室を出て、中階から塔の下層広間に下りたところで、物陰からフレイラが現れた。
「おい、ハズレ。大ハズレ」
「えっ?」
半月ぶりにカンナへフレイラが話しかけたと思ったら、虫と話しているような目つきと声だった。
「わたし……のこと、ですよね……」
「お前以外に誰がいるんだよ。どこへ行くんだ」
「に、逃げるわけじゃありませんよ……」
「逃げたってかまわねえぜ。いや、いっそ、どこかへ行っちまえよ」
「えっ?」
「つまりだ。……なあ、お前が残れよ。オレと入れ代われ。アーリーさんに直訴しろ。戦いたくありませんってな」
「え、いやっ、でも……」
「いいから。死にたくねえだろ?」
「そりゃ、死にたくありませんよ」
「出てったら死ぬぞ。だから、残れ。お前が残るんだ」
これは、フレイラの優しさなのだろうか。それとも。カンナはどうしてよいか分からなかった。泣きそうな顔になる。
「めそってんじゃねえよ。お前なんか奇襲に加わったって、足手まといなのがわからねえのか。塔の外で、何を学んできたんだ。いいから、さっさとアーリーさんに云えよ!」
「うるさいんだけど。こんな夜中になんの話し合いかしら」
事務机から声がした。近くのソファで仮眠をとっていた黒猫が起き上がる。ランタンに火を入れ、その眼鏡が不気味に浮かび上がった。




