第2章 3-3 ウガンの罠
小さいが速度の出る独特の三角帆を操り乗船しているのは、船頭と同じような南部人で、やや年上に見えた。なにやら現地語で話し合い……なんと、若い船頭がひょいとその小型舟へ乗り移り、そのまま凄い勢いで離れて行ってしまった。
一同、あっけにとられ、何が起きたか分からなかった。
とたんに乗っている船が操作を失い、大きく流れに乗って、斜めに川を横切りだす。つまり、流されている。
「ちょ……ちょっと、なんなのよお!?」
スティッキィが立ち上がって帆の綱をとったが、どうしようもない。操船技術などない。
「なんなんですか、あいつは!?」
ライバも叫ぶ。ウォラは歯噛みした。あの片目が白濁した老人の顔が浮かぶ。迂闊にもガリア遣いであると脅してしまった。ムルンベ派の手下であったに違いない。
「いくら時間稼ぎとはいえ、竜で稼げぬからワニでとは小賢しい……!」
ウォラが半立ちとなって川面を見やる。ウガマール人にしか分からないだろうが、既に周囲にはウヨウヨとワニが集まっていた。
「なんとか岸へ寄せろ、ライバの瞬間移動で岸へ移る!」
「どおやってやるのよお!?」
たまたま綱をとったスティッキィだったが、悪戦苦闘どころではない。ただ引っ張るだけでは、船は動かぬ。変に風を受け、傾きながら急激に岸へ向かって突き進んだ。このままでは、転覆してワニの群れの中へ放り出される。
「カンナ!」
カンナがもう、雷紋黒曜共鳴剣を手にしている。それで何をするのかと思いきや、剣を川へつっこんだ。
「水に手を着けるなよ、死ぬぞ!」
ウォラが云うや、ライバも帆柱の近くへ跳び退き、スティッキィへしがみつく。とたん、
バアッ! ズッバア!! バァシッ……!! バシュゥ!! ズバババ!!
あまりの高電圧で川が爆発し、水蒸気と共に水が豪快にはじけ散る。
たちまち、周囲に感電してひっくり返ったワニが浮かびだした。
その数、十や二十ではなかった。
「ワニ伝いになんとか跳べ、ライバ!」
まだ岸まで距離があった。ライバはみなへ手をかけると、一気に瞬間移動した。三度、跳び、一行は街道とは反対側の草原へ降り立った。
「なんでこっち側に来たのよお」
周囲をみやり、自分たちがどこにいるか理解すると、スティッキィが不平を云う。しかし、船がこちら側に激しく流れてきていたので、仕方がない。やろうと思えばここから対岸へ移動することも可能なので、ライバが反論しようとしたが、
「いや、あんな間者がいるのでは、むしろ街道を行かないほうがよいかもしれない……荒野を歩くが、こちら側でもウガマールには着く。邪魔が出なければ、むしろこっちのほうが速いだろう。こっちを行こう」
ウォラが断言して歩き出した。仕方なく三人も続く。
その一行の前に、川の中からのっそりと巨大なワニが現れた。およそ通常のワニの五倍はあろうかというバケモノで、まさに主戦竜級だ。全長は百八十キュルト以上、すなわち二十メートル近くもあるか。カンナの電撃にも、びくともしていない。川岸の斜面を悠然と登り、草原にその巨体をのし上げる。
「うぉお、見事だね」
ライバが思わず感嘆の声をあげる。四人とも、落ち着いている。ガリアはワニの鱗を貫かないとはいえ、カンナが本気を出せばこの素晴らしいワニも一撃で黒焦げだ。
「戦う必要はない……ライバ」
「はい」
ライバが一瞬で眼前の超巨大ワニを瞬間移動で通り越した。そのまま、乾燥した草原を往く。
雨季が迫っていた。
それから四人は三日を歩いた。川の対岸は地平線の奥まで草原で野生動物が多く、なかなか緊張感のある旅だった。なんといっても、ガリアは竜を感知するが大型の肉食獣は感知しない。まして、北方大陸は大型の野生動物は竜に食われつくして、まったく見なくなって久しく、竜以外の大型動物の気配というものがいまいちぴんと来ぬ。
カンナが稲妻を利用してカラカラに乾燥した芝や枯れ草へ着火し、焚火を囲んで交代で見張りをする。生の果実や薄焼きパンなど、日持ちしない食料を先に食べ、最後の一日は干し肉や干し果実の保存食をかじった。水を補給しておいて正解だった。騾馬がいれば楽だったが、まさか最後も徒歩になるとは思わなかったので仕方がない。みなで背負う。思えば、船からライバが荷物ごと瞬間移動したのは、褒めてしかるべきだった。




