第2章 3-2 ワニのいる河
南部系ウガマール人のウォラよりも肌の色が黒褐色な部族や、もっと薄い、ラズィンバーグ諸部族ほどの者、それらの中間ほどの色合い……南部人といっても様々だ。背も、かなり大きい人から、スティッキィより小さな人もいる。それは子供ではなく、大人である。顔だちも、色が褐色なだけでまるでサラティス人に似ている者もいる。これは、アートと同じ古ウガマール部族だ。
カンナは別格だとして、向こうも純粋な北方ストゥーリア人を初めて見る者ばかりで、お互いに興味深げにじろじろと見合っていた。その装飾品から見るからにウガマール神官のウォラが共にいるので、あまり近寄ってこない。
カンナは、例の日差し避けの長布を顔中にまいているので、何人なのか分からない。布の合間より出る髪だけが、日光を発射して煌めいているが、それも砂ぼこりでいつもの半分以下の輝きだった。
「なあ、あんた、ウガマールの神官か? そいつらはあんたの従者か? その金色のと、そっちのメガネの黒光りのやつの髪を買いたいんだが、いくらだ?」
勇気をもってなのか、何も考えていないのか、片目が白濁した年寄りの南部系トトモス商人が、ウォラへ話しかけたが、ウォラは鼻で笑って、
「死にたくなくば、よけいな口は慎め。我等はみなガリア遣いだ」
それだけ小声で云うと、老人は犬が転がって逃げるように、どこかへ行ってしまった。
「どうしたの?」
「なんでもない……おまえたち、あまり目立つなよ。よけいな騒動になるぞ。そうだ、カンナのように布でも撒いて顔を隠しておけ。さ、船を探そう」
スティッキィがカンナを見やる。砂ぼこりで真っ白となったメガネのみがグルグル巻きの布の隙間から出て、よけいに不気味にしか見えないが……。
「とにかく、ここじゃ私らが異邦人だ。ウガマールでも、サラティスの商人はいても、あまり純粋なスターラ人はいないみたいだし。目立つと損なのは確かかもね」
ライバがさっそく荷物から麻の長布を出し、顔へまきつけた。スティッキィも、肩をすくめて、同じようにする。
「三人してこんなんじゃ、よけい目立つ気がするとおもうけどねえ」
一行は市場で騾馬を売り払い、新鮮な食料を買い入れた。
その足でウォラの後ろに続いて歩き、泥だらけのゆるやかな坂をおりて船着場へ向かう。
船着場といっても、石造りの港湾施設ではなく、かなり使いこまれた木の桟橋だった。帝国時代の石造りの船着場は当時より度重なる川の反乱で早々に使い物にならなくなり、ここはすぐ造り直せる木の桟橋がずっと使われている。船は、大型の貨物船であっても、サティス内海と同じく平底の川船だ。それへ大きな帆を張り、独特の帆さばきと舵さばきで濁流の中を器用に往き来する。
そこでウガマールへゆく貨物船を捜し、金をはらっで便乗させてもらう。商人以外はあまり人を乗せない船へ、無理を云って乗せてもらうので少々値は張るが、その方がこのまま街道をゆくより三日ほど時間を稼げる。
ところが、ウガマールへ戻る船があまり無かった。ようやく見つけた、小さなジャンク船を操る貧相な若者へ話しかけ、ラクトゥスで両替したウガマールの銅貨を見せる。一人二十ンバリンも出せばウガマールまでは充分だったが、特に荷物もなくただウガマールまで運んでもらうため、二十五を提示すると、若者は喜んで四人を船へ誘った。四人で百ンバリンだ。臨時収入としては、かなりだろう。
帆を張り、さっそく出発する。いま、昼の少し前なので、川の流れに乗って突き進み、ほぼ半日進んで暗くなるころにはウガマールの灯が見えてくる。
やや安堵して、四人は船の上でくつろいだ。
さきほど市場で買った、新鮮で珍しい南部の果物や乾した山羊の肉、焼きたてのウガマールの薄焼きパンをかじる。
一刻もすると、すっかり風景は密林から草原へと変わった。スティッキィが上機嫌に船縁から手を出し、茶色い水をすくって遊んでいると、カンナが声をかける。
「スティッキィ、そろそろワニがたくさん出てくるから、あぶないよ。手を食われるよ」
「ワニ!?」
ワニというのは、竜に似ている生き物で、火も吐かずに、陸上では動きも鈍い。大きさも、どんなに巨大となってもせいぜいが軽騎竜ていど。竜に比べるとトカゲみたいなものだ。ガリア遣いが、何を恐れるというのか。
「ワニは竜ではない……ガリアの特効も、あの鱗には効かない。そこがやっかいだ。お前の暗黒の星と、泥水の下に気配もなく隠れるワニと、どっちが速いかな?」
スティッキィがすぐ手を水の中より戻す。
日差しが強かったが、乾いた風が心地よかった。ウガマールの大地と水の匂いに、カンナはなんだか心が落ち着いた。
その船へ、いつのまにやら、後方より小型の舟が近寄ってきた。




