第1章 3-4 スティッキィの問い
「なぜ知っている」
ウォラが密神官であるなどと、誰も一言も云っていない。
「伝書局で、奥院宮へ伝書をお使いに」
この街は全部裏でつながっているのか……ウォラはよい気がしなかったが、向こうも商売だ。悪気はない。
「ま、今日だけだ。他の宿や部屋が空いたら、すぐに移らせてもらう。云っておくが、空いているのに空いていないなどという引き留めは通じんぞ。奥院宮をたばかるようなマネは、お勧めしない」
「そ、それはもう……しかし、それもウガマール次第ですので。ウガマールの……」
支配人、満面の笑みだ。笑いが止まらぬ。
忌々し気にウォラが支配人を睨みつける。どちらにせよ一人一泊百五十だ。せっかくだから、五部屋の内、四つをぜんぶ一人で使うことにした。
カンナはなんだかよく分からず、部屋で大きく息をつくと、さっそく高級なベッドの上へ服を脱ぎ散らかし、眼鏡もとって素っ裸になると浴室へ入った。風呂はないが、サラティス式に湯がある。ウガマールへ行けば、これすらない。が、ストゥーリアのように湯浴みの習慣すらないというのではない。ウガマールはその気温から水浴びで充分だし、水も日中の日向へ放っておけば、勝手に適温の湯になる。
「どれどれ……」
カンナはボイラーから湯が出るのを確認し、さっそく頭から浴びて歓声をあげた。ここ数日の旅の汚れを落とす。
さて、ライバとスティッキィ、こんな高級宿で落ち着かず、特にスティッキィは娼館にいたときの記憶が蘇ってきてよい気がしない。とはいえ、ガイアゲンの本部でもこの程度の部屋は用意されていた。しかも、なんと払いはウガマールすなわちウォラで持つという。自分の金でも無いし……考えないことにした。
本当に慣れないのはライバだ。こんな部屋は、生まれて初めて泊まる。
そのライバ、落ち着かないのでスティッキィの部屋へ行く。いろいろ打ち合わせもある。
「もしもし、スティッキィ?」
「なによお」
「ちょっと、いいかな……」
「だから、なによお」
スティッキィがドアを開けたがらずにいたが、ライバはむりやり部屋へ入った。どちらにせよ、締め出したところで瞬間移動がある。スティッキィが諦めて部屋へ入れた。
「お茶なんか出ないわよお。あ、そうだ、せっかくだから、使用人を呼びましょうか? お金はらってるもんねえ。ウガマールの税金だけど」
「嫌味はいいから……」
ライバ、設えてある豪奢なラズィンバーグ輸入家具の椅子に座り、
「なあ、スティッキィはどこまで、カンナさんに着いていくんだ?」
いきなり本題を切り出す。
「どこまでって、どういう意味よお」
云いつつ、スティッキィはお茶を入れるため、備えつけの木炭焜炉へ手早く火を入れ、銅製の高級湯沸しをかけた。茶葉もラズィンバーグ産の高級紅茶「ラズラル」で、茶淹れのセットは銀食器だ。伊達に高い部屋ではない。また、ウガマールの最高級コーヒーのセットもある。
「どういう意味って……あのさあ、たぶんカンナさんはウガマールの奥院宮へ帰るだろ? スティッキィは知らないかもしれないけど、あそこって一般人は入れないんだ」
「知ってるわよお、それくらい」
「知ってるのに、どういう意味って、どういう意味だよ」
「奥院宮だろうがどこだろうが、どこまでもついてくに決まってるでしょ」
スティッキィが卓上焜炉の前で立ったまま、腕を組み、椅子に座るライバを視線で刺した。
ライバも、鈍く光る目を向ける。
「あの世までもか?」
「あたりまえじゃなあい」
スティッキィは即答した。眼が、狂気的な信奉者のそれに変わる。狂信者。
「そう……」
ライバは視線を外した。
「なによあんた、かっこいいこと云っておいて、自分は自分の命が惜しいってえの?」
「そりゃそうさ」
「本音が出たわね」
スティッキィ、ずいと前に出る。腕組を解き、右手を構えた。いつでもガリアを出せる。
ライバは微動だにしない。瞬間移動がある。
「あんた、どういう目論見でカンナちゃんに近づいてるの!? 返答如何じゃ、ここで殺すわよ……」
「物騒だなあ……落ち着いてよ、スティッキィ」
「ごまかしてんじゃあないわよ!!」
蒼い眼が吊り上がる。




