第1章 1-4 マレッティの吐露
「な、な、な……」
グッ、と一回、息をのむ。
「何を云ってるのか……ぜんッッぜん、わっかんないわよおおおおお!!」
「落ち着け、マレッティ!」
「せっ……聖地……聖地って……あの、聖地ピ=パのこと……!? そこでっ……デリ……デリナッ……デリナ様が……なんですって……!? カ、カ、カンナちゃんが……ウガマールで……なんですって!?」
「マレッティ!」
引きつけを起こしたマレッティを、アーリーがやおら、抱きしめた。
「う……!」
背丈的に、アーリーの巨大な胸へマレッティの顔が埋まる。その高い火竜の体温と、独特の匂いがマレッティの脳を刺激する。アーリーの隆々たる鋼の筋肉が、やさしくマレッティを包んだ。
「マレッティ……落ち着くのだ……これまで……隠し、騙していてすまなかった……。だから……デリナを……デリーを……頼む……」
「う……う……」
マレッティ、急に、涙が出てきた。止まらなかった。
「うあああああ!」
泣いた。泣きじゃくった。何の感情なのか……自分でも分からない。ただ、精神をリセットするために、身体が自動的に泣いているのかもしれない。とにかく、これまでの全ての記憶が如実に脳裏へ浮かんできた。実家が突如として破産した日。遊廓に売られた日。初めて客をとり、痛さと不快で精神が壊れた日。地獄のような、三年の日々。母親と妹を殺した日。逃避行のすえ、ラズィンバーグでデリナと出会った日。そしてカルマで、アーリーやオーレアと出会った日。オーレアを殺した日。……カンナが現れた日。
全てが、脳を錯乱させる。
しかし、いま、そんなマレッティを、アーリーはただ、無言で、強く抱きしめた。抱きしめ続けた。
その熱さの中で、やがてマレッティは静穏を取り戻した。
「……あっついから、離れて!」
嗚咽を漏らし、まだ流れ出る涙を懸命にぬぐう。
「マレッティ……」
「わ、わかったわよ。聖地でもどこでも、行ってやるわよ。行って、デリ……デリナ様を、アーリーに代わって助ければいいんでしょお!?」
「そうだ」
「どおおやって行くのよお!? 道なんか知らないわよお!?」
「パオン=ミとマラカをつける。トロンバーで合流しろ。そこへホルポスから派遣された竜が迎えに来る……それでリュト山脈を越えるのだ。向こうへゆけば、ガラン=ク=スタルだ。まだ、ホルポスの影響圏下にある。おそらくシードリィが、聖地の近くまで案内してくれるだろう。そこからは……まかせる」
「ええ、ええ……任せてもらおうじゃないのよお。だけど……いいの? あたしは……」
マレッティは、そこでややしばし絶句していたが、意を決した。
「あたしは、オーレアやフレイラを!!」
「分かっている」
マレッティが、アーリーを見上げた。アーリーの瞳は、慈愛に満ち、そして怒りと憤りに燃えていた。マレッティ、また、たまらなく涙が出て、視線を外す。
「マレッティ……これは、私自身への怒りだ。私自身への憤りだ。私とて……自らの目的のために……様々なものを欺き……犠牲にしてきた。とても褒められるものではない……その中には、デリナもいるのだ」
(そして、カンナすらも……)
アーリーは思わず目をつむり、身震いした。
「デリナ様を……!?」
二人の関係を、マレッティは薄々気づいていた。過去に、いったい何があったのか。
「だが、全ての答えは、近づきつつある。長い旅の終点が。どうか、もう少し協力してほしい。報酬は、望むままだ」
「分かってるわよお……そんなこと……」
マレッティ、今度こそ、涙をぬぐいきり、ふっきってさっぱりした顔を見せた。
「それで、あたしは聖地とやらでデリナ様を助けて……アーリーとカンナちゃんは、ウガマールからどおすんのよお」
アーリーが、にやっと笑った。
「そちらも、任せておけ。聖地と聖地は……つながっているのだ」
「はあ……?」
マレッティ、これ以上の意味不明な説明はたくさんと、話を打ち切った。とにかく、自分がデリナを助ける……この一点に、集中する。
その後、二人はしばし談合した。そして、
「……では、聖地で会おう!」
アーリーは、勢いよく退室した。バアン! とドアが跳ね返り、蝶番も外れて完全に傾いだ。
「まったく……」
マレッティ、ようやく一息つく。




