第3章 6-2 月下の密命
「ガラネル様、始末しました」
「ご苦労さま」
部屋の雰囲気に似合わぬ、転がるような快活な明るい声は、まぎれもなく、ガラネルのものだ。
「これから、どうするんです?」
猫がまた顔を洗う。
「どうしよっかなあ……」
嘆息交じりに、ガラネルが本を閉じる。
「苦労して作ったパルランクをあんなにあっさり倒しちゃうんだから、カンナを無理やり聖地へ引っ張ってくのは無理よね~」
パルランクとは、実はバグルスであったあの分身のことである。バグルスはガリアを遣えぬという常識を、自らの意識……もしくは魂の欠片と云ってもよいが……を複写することで解決した。そしてその技術は……カンナにも使われている。
「仕方ない。あたしたちだけで、行きましょう」
「聖地へですか?」
「そうよ?」
「僕もですか?」
「そうよ?」
「…………」
「なによ、いやなの?」
猫がびくりと身をすくませる。紫竜の……ダールの殺気を感じたのだ。
「いやじゃないですけど……人間がついてっていいのかなあって」
「いいに決まってるじゃない」
「リネットは?」
「傷もとっくに治ってるし、行けるんじゃないかしら?」
また、レストが黙った。
「あ~、疑ってるんでしょう、黄竜もカンナもいないのに、どうやって『蓋』を開けるのか……」
「正直に云えば、その通りです。どうするんです? 本当に……」
「ちゃんと考えてますよ~だ」
それ以上は、笑って答えなかった。
瞳を丸くした猫が、凝とガラネルの笑顔を見つめている。
∽§∽
下弦に満月が欠けている。
月の良く出た夜に、キリペがそっとカンナたちの隠れ家へ忍び寄った。
普通に敷地へ入り、入り口の扉を、小さく三度、叩いた。
中からドアが開き、カンナが出てきた。
既に、旅装になっている。
「どうですか? 二人の様子は……」
キリペが囁いた。
「ありがとう、よく眠ってる……管理人のおばさんも」
つまり、キリペの四葉文青銅眠月刀で、カンナ以外を全て眠らせているのだ。
「本当にいいんですか?」
キリペが確認した。
「うん」
カンナが笑顔で答える。
カンナは、やはり一人で、急ぎウガマールへ行くことにした。
(アート……いま行くから。待ってて)
そう、決意した。
月光の降り注ぐ路地を先立って歩き、階段へさしかかる。トライン商会の前を通り、大通りへ向かう階段だ。
と、そのカンナ、いきなりふらふらと足元がおぼつかなくなり、
「あ……あれ……?」
へたるように階段に座りこむや、横になって寝息を立て始めた。
後ろから、月光に光るケペシュを握ったキリペが近づく。
そして、カンナを跳び越えて階段の下に回って、よく眠っているカンナの細い首筋めがけてその鉈めいた特殊刀を振り下ろした!
「ギャッ……!!」
呻いたのは、キリペだった。
ガリアを握った右手首が千切れかけて、血を噴き出してぶらりと垂れ下がる。
思わず左手で腕を握り、階段を落ちそうになってなんとか耐えた。
いったい何事かと周囲を確認しつつ、もう、振り返って階段を下り、逃げ出した。
その眼前へ、一瞬で人物が現れる。
「だ、だれ……!?」
「おまえのことなんか、とっくに調べはついてるんだよ」
それは、トロンバーで行方不明になっていた、ライバだった!
「誰だ!」
「誰でもいいんだっつうの」
その時には、ライバのガリア、瞬間移動の力を持つ食肉解体用のブッチャーナイフである次元穴瞬通屠殺小刀が、キリペの膝頭にガッツリと食いこんだ。たまらず膝を折り、そのまま階段を転がり落ちて途中の踊場へうずくまる。
そこへ、またライバが一瞬で出現するや、うなだれるキリペの延髄めがけて、必殺の一撃を叩きつける。
ぶらりと半分も切断された首を自ら抱えるようにして、キリペが、崩れた。




