第3章 2-2 承諾
「大丈夫ですか? 気分でも?」
「いや……」
返事をしたので、ほっと息が出る。死んだかと思った者もいた。
「妙な竜神を拝むのを嫌うのはええが……局長、大丈夫なんか。わしが聴いたところでは……副総督あたりも最近は拝んどるっちゅう噂だ」
一同がざわめく。ナランダは内心、ほくそ笑んだ。思わぬところから情報が入った。
「つまり、どういうことだ?」
「局長、あんた、まさか……都市政府の中での派閥争いに、おれらを利用するんじゃないだろうね!!」
卓をダンダンと叩いて、ホールン族の族長が唾を飛ばす。
「まさか!」
ナランダがまた両手を上げた。その通りだったが。
「もしそうだとしても、それは結果論! 竜神信仰の裏の姿を、諸君らは知らない!」
「裏の姿?」
「それは、こちらのガリア遣いの方が説明を」
パオン=ミが前に出る。見るからにカンチュルク人で、カンチュルク派であるナスペンデッド族の若い族長と、その兄ほどの年のスネア族の族長が立ち上がり、礼をする。二人は、普段より実の兄弟のように仲が良い。パオン=ミも、頼もし気に笑顔で返礼した。
「知っておる者もおろうが、紫竜信仰はディスケル=スタルの中でも古く珍しい信仰で、ハーンウルムを発祥とし、紫竜のダールを教主として現代までアトギリス=ハーンウルム藩王国で続いておる。紫竜は死と再生を司る竜神ぞ。現代は、形式だけだが、かつては生を得るために死を得ていた。つまり、生贄よ」
卓がざわついた。
「その風習は、ディスケル皇帝と黄竜のダールによって禁止されて久しかったが……それを復活させたのが、いまの紫竜のダール、ガラネルだ」
ざわつきが、静まり返る。
「現に、我らは同じく紫竜信仰が蔓延っていたスーナー村で、殺されかけたわ」
何人かが、事の重大さに気づき、唾をのんだ。
「いま、ユホ族ごと排除せねば、取り返しがつかなくなるぞ。ただし、全員が全員ではない。確実に信仰を捨てるものは、受け入れよ。そんな者がいるのなら、だが」
族長たちが、これまでで最もざわつき始め、しばしそのざわつきが続いたが、ゾンナターの長老が立ち上がったので、一同が口を閉じた。
「諾」
一言、そう云って、十一部族長たちも立ち上がってそれに従う。
「きまりだ」
ナランダが云うや、これも席を立ち、退室した。族長たちがまた席につくと、代わりにパオン=ミが前に出てナランダのいた席へつき、「追いこみ」の説明を始めた。
3
「追いこみ」と云っても、大層な作戦ではない。カンナ達の大規模襲撃で台地が戦場になるのを予め分かってもらうのと、後方支援してもらうのと、バーリン族及びモルトン族を懐柔してもらう。この三点が主な項目だ。さらに、
「此度は、こちらも竜を使うぞ……」
というから、カンナは度肝を抜かれる。
「なに、デリナやホルポスではないから、あのような何十頭も扱えるわけではない。ただ、スネア族とホールン族の強力を得て、数頭の主戦を使う」
「人間が竜なんて使えるの!?」
と、カンナはおもわず叫んだが、パオン=ミがにやりとしながら、
「我は何に乗っておる? スーリーは牛か?」
「あ……そうか」
妙に納得する。しかし、
「スーリーは子供のころから育ててた、特別な竜なんでしょ? それに、パオン=ミ以外に、竜を使う人がいるの!?」
「同じことよ。スネア族とナスペンデッド族、それにホールン族で仔竜から育てておる。密かにな。なにせ、竜国とつながっておるからの。入手は可能ぞ。ゆえに……こちら側からは、あまりよく思われておらん」
「うへえ……」
マラカではないが、サラティスで竜退治の手伝いをしつつ、ディスケル=スタルとつながって竜騎兵もしていたとは。恐れ入った。
「スネアとナスペンデッドからカンチュルクの火草竜を三頭、グルジュワンからは猪突竜が一頭、計四頭、おる。ガラネルもアトギリス=ハーンウルムより岩山竜などを何頭か連れてきておるだろうから、まかせるつもりぞ」




