第2章 4-3 カンナの問題
「仕事柄、の」
「それにしても、なんとか教団派の筆頭がユホ族とはねえ……」
「そこに気づいたか。さすがよの」
二人の会話に、カンナが焦る。パオン=ミの説明も長くて途中から耳に入らなくなったし、今の会話も何を云っているのか全くわからない。
「ねえ、ちょっと、どういうこと!?」
「落ち着け、カンナよ。下調べなどたやすいものよ。我に任せておけ。いま云うたのはな、ほれ、ナタルナタルだか云う、あの居酒屋の連中、ユホ族であったろう。四年前の宝石商の事件と、実は密かにつながっておった可能性が出てきたということよ」
「だから、なんなの?」
パオン=ミ、ちょっと言葉を失ったが、
「ユホ族に近づけば、ガラネルが潜んでおるだろうということよ」
「わかった」
カンナが立ち上がった。
「なにがわかったのだ……待て! 落ち着いて、座るがよい」
「座ってる場合じゃないでしょ!」と、カンナは云おうとしたが、これは自分の問題である。一人で焦っても、どうしようもない。それは、理解しているつもりだった。黙って座って、深呼吸をした。
「カンナよ……」
パオン=ミが息をつく。
「焦る理由は、我らに話せぬことか? ウガマールの、極秘に関することか? 」
カンナの頬がひきつった。
「それは……そうでもあるし、そうでもない……というか……」
また、パオン=ミとスティッキで眼を合わせる。
「わたし、あたま悪いから、どうしていいのかわかんないの」
「あたま悪い人が、あんな難しい言葉が理解できるわけないでしょお?」
スティッキィが席を立ち、カンナの後ろへ回ると、両手でその両肩をポンと叩く。そのまま、緊張して強張っている筋肉を揉みほぐした。カンナが、ちょっと緊張を解き、小さく息をついて弛緩するのが分かった。
「わたしは、どこまでもカンナちゃんについてくだけよ。ただついてくだけ。理由なんかいらないからあ!」
カンナは当惑げにスティッキィを振り返った。その笑顔が、どこかマレッティと違って、影はあるが裏が無い。
「あんたはどうなのよお」
「我は命令に従うだけよ」
パオン=ミは、さも当然のように云う。
「カンナを護れという命にな」
「じゃあ、なんだっていいじゃないのよお」
「もちろん、よい。だがよくないともいえる。カンナを護るというのは、ただ生命や肉体におよぼす危機を取り除くだけではないからの……話せる範囲でよいから、相談はしてくれ。なんでもするからのう」
カンナはうつむいた。涙が出る。
「……でもごめん、これは、わたしの問題だから……」
スティッキィが片眉を上げ、小首をかしげる。パオン=ミもそれを見て、
「ならばよい! 何も聞かぬ。そのかわり、こちらは勝手にやるぞ。そして、これだけは肝に銘じよ。小賢しいことは、すべてこのパオン=ミにまかせておけ! 其方は、余計なことは考えるでない。よいな!」
カンナはとにかく、この感情を何と表現すればよいか分からなかったため、ひきつったままの泣きそうな笑顔で、ただうなずいた。
翌日、さっそく朝方より都市を出る。
すみやかに大通りから大階段を抜け、正門を通り、都市の下部に出た。下から見上げると、古代帝国の超技術で造られた巨大な石垣の迫力は、他の都市にはない独特のものだった。
そのまま折れ曲がる山道を進むと、やがて麓へ向かって右側に、バソ村へ行く山岳街道の分岐点が。そしてそこをまっすぐ下ると、サラティス平原に続くサラティス街道が見えてくる。街道の行き着いた先には丁字路があって、向かって右へ行くとサラティス、左へ行くとホールン川があり、現在は街道がそこへ行く途中で途切れている。が、川を超えると竜の国……すなわちディスケル=スタル帝国のグルジュワン藩王国に到る。
黒竜国。デリナのいる国だ。
サラティス街道は森林や平野を越えて南下し、やがてその東西の分岐点へ到るが、その途中のラズィンバーグ台地ともいうべき開けた高台に、周辺諸部族や宿泊村、都市労働者の住宅地が点在している。
三人はすみやかに、ラズィンバーグで勤務する人々の列に逆らって道を下った。




