第2章 4-7 帰還
「えっ!?」
「報奨金をいただこうぜ。二百五十カスタはするらしいぞ」
「二百五十ゥ!!」
クィーカが引きつった。アートは笑みが止まらない。カンナは恐る恐るバグルスへ近づいた。その白い顔が今にも牙を向きそうで恐ろしかった。
「何をびびってるんだ。あんたが倒したんじゃないのか?」
「そ、そうだけど……」
「どらっ、支えてやるよ」
アートがバグルスの上半身へ手をかけ、肩を支える。カンナは黒剣を振りかぶり、だらりとしたバグルスの首めがけて振り下ろした。生々しい感触が手に伝わり、ガリアの剣はたやすくバグルスの首を落とした。アートが、いつのまに用意していたものか、大きな革袋を出してそれへ首を入れた。
「あのサルの竜はだめだ。黒こげだ。あんなものを持って帰っても、退治の認定はされない。さあ、帰ろうぜ」
「ええ……」
カンナはどっと疲れが出た。三人は時間をかけて休みながら荒野を踏破し、その日の夕暮れ近くにサラティスへ帰還した。
正門を過ぎると、思いがけない人物が待っていた。
「あっ!」
カンナは心臓が止まりそうになった。
「カンナちゃあん。いつまで、お外で遊んでるつもりかしらあ?」
建物の影より腕を組みながら現れたのは、夕日に金髪を染めたマレッティだった。声は穏やかだが、その眼は厳しい。
「すっ……すみま……」
カンナは視線を外し、顔を上げることができなかった。
「あんた、どちら? カンナの知り合いか?」
アートが前に出る。
「あたしはカルマのマレッティ。そしてそっちはカルマのカンナ。あんたは?」
「俺はモクスルのアートってもんだが……カルマだって? カンナが? 本当に?」
「冗談でバグルスを倒せるわけがないでしょう。こちとら、全部知ってるのよ。カンナちゃあん、塔へ戻るわよお? いいわねえ?」
「は……はい……」
「だいじょおぶよお! 怒ってるのは、フレイラだけだから!」
マレッティが球のような高い声で笑った。アートがため息まじりにカンナを見た。
「いや、まさか……本当にカルマだったとはねえ……どうりで、とんでもねえガリアを遣うな、とは思ってたけど。しかし、どうしてまた?」
「いろいろあるのよ! ウチの新人のめんどう見てくれてありがと。お礼に、そのバグルスの報奨金はそちらでとってちょうだい。いいわね? カンナちゃん」
「あっ、はい! ……かまいません」
「そうはいかないな。横取りはしないよ。バスクの基本だろう。報奨金はカンナのものだ。カルマに戻るのなら、持っていきなよ」
アートはまだカンナとマレッティの間に立ち、カンナを後ろ手にかばっていた。
「人の好意は、素直に受け取るものでしょお。……じゃ、こうするわ! カンナちゃんのガリアを成長させてくれた勉強代。これならどお? カルマからの謝礼ってことでえ。カンナちゃんが強くなるってことはあ、カルマの利益につながるんだからあ」
マレッティは終始笑顔だったが、眼が笑っていない。右手も、いつでもガリアを出せる体勢になっているのをアートは看破していた。カルマに逆らう気は無かった。ガリアは竜を殺すが、人も殺す。自分のガリアに自信はあったが、この街でカルマを敵に回すほどバカではない。まして、ここで一戦交えるなど、なおさらだ。
「……いや、まあ……うん、ま、えー、あー、うーん、と……ま、そういうことなら……まあ、そうだな……素直にもらっておこうか、な……うん……ま、そういうことならな」
アートはカンナの後ろに下がった。カンナがアートとクィーカを振り返る。
「ごめん……うそついて。楽しかったし、とってもためになった。ありがと。また、会えるわ。会いに行くから。クィーカ、じゃあね」
「ふご……」
クィーカは涙を溜めて、カンナを見送った。




