第2章 1-5 4年前の事件
「マレッティさん……そう、私たちは美人なんで美人先生と呼んでおりましたが、ストゥーリアから来た剣術遣いの方が、そこの廃屋……以前はラズィンバーグでも名の知れた宝石商でしたが、そこの若奥様の命を助けたというので、お店の用心棒になったんです、ええ。と、云いますのも、ちょいと、後妻の若奥様と、前妻のお子さんの若旦那で揉めましてね……なにせ財産が財産でしょう、相続関係で、きな臭いことになりかけてたんですよ、ええ。それで、マレッティさんは、この店にもよく来てくだすって、うちのタノーラなんかとすっかり仲がよくなりまして。気前がいいし、腕っぷしも強いし、器量もよいしで、我々もすっかり美人先生、美人先生と呼んで、よくしてもらったんです。ですが……そう、一か月くらいたったころでしたかねえ、夜半に、ちょうどここで飲んでいたときに、お店から使用人がすっ飛んできまして、すわ若奥様を狙う賊の襲撃かと、マレッティさんも慌ててお店に向かったんですよ。そして……朝になったら、地下室で全員殺されてたという……」
「ちょっと待て」
パオン=ミの眼が光る。
「地下室で全員とは、いかなることか?」
スティッキィとカンナも、パオン=ミを見つめた。マイネルも、今の話のどこに分からないところがあったのかという顔だ。
「と、申しますと?」
「賊が入って、用心棒のマレッティが助けに向かって……あやつのことだ、容赦なく戦ったのであろうことは想像に難くない。店の中の到る所に、死体があって然るべき。それが、地下室に全員おったと?」
「詳しいことは分からないんですよ」
すかさずパオン=ミが袋へ手を入れたが、
「あ、いえ、違います。お心づけが足りないって意味じゃないんです。本当に分からないんです。都市政府が捜査に入ったんですが……すぐにああいうふうに封鎖されて……マレッティさんも行方不明に。家を出てた若旦那すら、どこかへ行ってしまったんです。マレッティさんの死体がなかったというのは、なんとか教えてもらったんですがね。旦那さんはもちろん、若奥様も殺されました」
「ほう……」
パオン=ミが袋より手を戻し、うなずいた。
「若奥様は、スネア族のご出身でした。この街じゃあ、私たち周辺諸部族は、あまり出世できないのがしきたりで……ここら辺の出世頭だったんですよ。私はユホ族っていうんですが、似たようなもので……それがねえ、あんなになっちまって……ですから、マレッティさんがまた戻ってきたら、あの夜にいったい何があったのか、ぜひ教えてもらいたかったんですよ」
「なるほどな」
納得したようで、パオン=ミも黙ったので、マイネルが席を立った。
「これも何かのご縁ですから、どうぞ御贔屓に。いつまでラズィンバーグに? ずっとお住まいに?」
パオン=ミが黙ったままなので、スティッキィが答えた。
「え、ええ、まあ、所用でしばらくは……」
「そうですか、では、ごゆっくり」
行ってしまった。
言葉を濁したスティッキィに、パオン=ミはよくやったと目くばせした。余計な情報は、与えないほうがよさそうだ。カンナだけ、ポカンとして眼鏡にランタンの光を反射させている。
「あっ!!」
突如としてカンナが叫んだので、二人が驚いた。
「い、如何した!?」
「注文とるの忘れた」
パオン=ミとスティッキィが、同時に大きな嘆息をはいた。
舞踊が、一曲終わって、拍手が、鳴る。
2
その後は、ナタルナタルで適当に飲んで食べ、他の店も開拓しつつ、数日が過ぎた。アパートには台所もあったので、スティッキィが手入れをして火を入れなおし、手料理も作るようになった。
「これはよい、打ち合わせのある日は、こうしようぞ」
スティッキィのストゥーリア料理は、この街で仕入れる材料が良いのと、自身が中堅階級出身というので、しみじみとしつつ、なかなか豪勢な家庭料理だった。
「マレッティは、料理なんかしてるのいっかいも見たことない」
カンナは驚きの眼で双子の妹を見つめた。
「あの子は、昔からそういうの興味ないのよお」
根菜と豆と豚スネ肉の鍋物に、白パン、そしてネギと豚バラ肉の燻製の炒め物だ。
「鳥の肉ばっかりで、豚なんて高かったわよお」
ラズィンバーグは土地柄か野鳥の肉が食卓の中心で、家畜家禽の肉は贅沢品だった。またワインもあったが、パオン=ミはここでも薬草茶のようなものをどこからか買ってきて、自分で淹れた。




