第2章 4-4 猿竜
入り組んだ低地や高台を超え、三人はどんどん森の深部へ入ってゆき、やがて屹立した大木が完全に空を覆って、日も射さないほど密集し始めた。虫が凄いし、聞いたことも無い鳥の声がする。
「こういうとき、竜を探すガリアを遣うセチュがいれば楽なんだ。セチュってのは、武器だけじゃないガリア遣いも多いからな」
カンナは、昨夜のバグルスの、細面で不適な面構えを思い出した。
「ねえ、アート……罠じゃない……? バグルスに誘われてるのかも」
「俺は……さっきまでバグルスと戦ったことなんか無かったから、分からないね」
アートは立ち止まった。カンナは余計なことを云ったかも、と思って顔をしかめた。
「あんたはあるのか?」
正直に云うしかない。
「ええ……ある。あるの。話もできるし、何かを考えて戦ってる。あいつら」
「ふうん」
アートは心なしか、にやついているように見えた。無精髭をさすりながら、
「罠な……。そうかもな……」
うすうす、アートも感づいていたようだ。
だが、少し遅かった。
不思議な鳥の声だと思っていた鳴き声が、頭上を旋回しながら幾重にも重なって近づいてくる。見上げると、初めて見る生き物が枝を伝って三人を包囲しつつあった。
「なに、あれ!?」
カンナが無意識に雷紋黒曜共鳴剣を出す。剣をだそうとも思わず、自然に出た。竜へ集中する。アートも無敵手甲を両手に出した。
「竜……なのか!? 見たことないぞ、あんなのはよ!」
人を小さくしたような、子供ほどの大きさの、顔だけが竜の生き物だった。長い手と尾を器用に使って、枝から枝へ渡っている。甲高い、不思議な声を張り上げていた。
「あれが噂に聞く『サル』ってやつじゃないか!?」
「サル!?」
「今はもう竜どもの支配下にある土地に棲む、獣だよ! ああいう、人の形をしたな。そいつに似た竜がいるというのは、聴いている! あの爪を見ろよ……来るぞ!!」
アートがガツンと手甲を合わせた。猿竜どもの動きがまた速い。何匹いるか分からないが、五匹はいそうだ。包囲を狭め、木の上から一気に飛びかかってきた。
「なんの!」
障壁が顕れる。猿竜たちは虹色の楯に弾かれて地面を転がり、素早く、また木へ戻った。そして何度も重力を利用した突撃を繰り返してくる。
「クィーカ、下がってて!」
カンナが黒剣を構えた。しかし猿竜どもの動きについてゆけない。狙いが定まらない。
そのうち、上ばかりに気を取られている三人めがけ、草をかき分けて地面から一匹が跳びかかった。的確にクィーカを狙っている。
バッシ、と音がして、クィーカをアートの障壁が護る。そのまま、虹色の光の楯は折り畳まれ、箱のようになってクィーカを完全に囲った。
さらに、カンナの前にも障壁が出現する。アートのところにも二枚、顕れている。
アートは、最大で四枚の障壁を操ることができる。
「カンナ、攻撃は頼んだぞ!!」
「……わかった!」
やるしかない。焦りに震えが来たが、息をついて精神を研ぎ澄ました。あの朝日の空気のように。黒剣が自分の手にあるのか無いのかすら分からないほどに。剣は手の延長に思えた。手を動かすように剣が動き、ガリアが答える。ガリアは、自分の一部。つまり自分。
それこそが、ガリアの奥義だった。ガリアは頭や意識で遣う物ではなく、無意識で動く物であった。
ヴ、ヴ、ヴ、ヴと剣が鳴りだす。共鳴している。カンナは、剣と共鳴しよう、共鳴したいなどとは微塵も思っていない。
共鳴剣は、敵をとらえ、竜と共鳴していた!
ヴヴヴヴヴとさらに激しく剣が鳴り始め、猿竜たちの動きが乱れる。この音が、竜へかなり不快感を与えている。そして、ついに、雷紋黒曜共鳴剣はその真の力を発揮した。
急激に音が高鳴り、ガガッ、ガーン、ガーン! 連続して黒剣より波動がほとばしって耳をつんざく轟音が響く。まさに雷鳴だった。アートは腹の底から重低音に震えた。波動に合わせて木の枝が揺れ、衝撃波に猿竜が打ちのめされてボタボタと落ちた。くわえて、剣から見たことも無いほどの稲妻が噴き出ていた。まるで稲妻の滝だ。
「……なんだあ!?」
アートが顔を眩しさと恐怖で遮った。
「ふああああッ!」
カンナの気合が高まるほど電圧も高まる。そのまま音響と稲妻の奔流に震える黒剣を振り回し、硬直する猿竜めがけて地面へ打ちつけた。地面へ高圧の電気が縦横に走り、七匹の猿竜たちを一網打尽として焼き尽くした。
「おおっ!」
アートが感嘆する。電気の感触がして、思わず片足を上げた。
そこへ、樫の巨木をなぎ倒して、主戦竜・大猪がつっこんできた。背には、あのバグルスが乗っている。顔が驚きと憎しみに満ちていた。
「本命のご登場だ!」




