第2章 4-3 追跡
修羅場は続く! 主戦竜かと思いきや、明らかにバグルスがアートの光の楯に押さえ込まれている。背の高い痩身のバグルスは長い腕をクモのように曲げ、アートと力比べに入った。眼が青白く光る。短い角の生えた長い顔がゆがみ、白い肌が虹色を反射していた。
「……くっそお、さすがバグルスだぜ!」
なんとアートが押し負け始めた。攻撃、攻撃をしなくては! カンナは焦るばかりで、何もできない。
「たあああ!」
ふいにバグルスの耳の後ろでカンナの雄叫びがして、バグルスは反射的に身をよじった。それはクィーカの音の玉だった。
「そらよお!!」
機を逃さず、アートがバグルスを押し込んだ。ずるずるとバグルスは後退する。カンナは剣と共鳴しようとしたが、やはり、まるでだめだ。些少の稲妻がほとばしるだけだった。それでも無いよりマシと、アートの後ろから走り込み、再びアートと膠着したバグルスめがけ、回り込んで後ろから雷撃を放とうとした瞬間、森の中から音を立てて巨大な塊が突進してきた。
「危ない、主戦竜だ、逃げろ!」
バスクといえども、一撃で蹴り殺される場合もある。咆哮がして、地面を踏み鳴らす足音と、巨体の移動する気配と影。カンナはパニックになりそうになった。
「クィーカ、クィーカを下がらせて!」
「心配するな、とっくに下がってる! 自分の心配をしろよ!」
アートの声だけして位置もつかめない。その通りだった。落ち着ついて観察しなくては。長い首に長い二本角、巌のような巨体、丸太のような脚。そして灌木をなぎ倒す巨大な尾。こんなものがつっこんできたら、農家など一撃でバラバラだ。地鳴りめいた咆哮に猛然と炎を吹き上げ、辺りをオレンジに染めた。バグルスがけたたましく笑い、一足飛びで下がるとその主戦竜・大猪の背中に乗った。
しかも、そのまま森の奥へ帰ってしまった。
三人とも呆気にとられた。
「な……なんだ? 逃げたのか?」
アートが慎重に楯を消した。ガリアである無敵手甲はまだ解除していない。カンナもわけが分からなかった。
「どうなってるの?」
「わからん。クィーカ、無事か?」
「無事です、ふご……」
どこからともなくクィーカが現れた。アートはガリアの手甲のまま頭をかいた。
「参ったな。こちらの場所を知られていたうえに、バグルスとは」
「火なんか使うからでしょ!」
「あんなちっぽけな火、大猪だけだったら気づかれなかったよ。まさか、バグルスがいたとはな。どうする?」
「……なにが?」
「バグルスを退治するモクスルはいないよ。“カルマの仕事”だ。このまま帰ったって、文句は云われない」
雲が流れてきて、薄い月光と星明りが急速に消え失せる。カンナは大きく息を飲み、闇の中でわなわなと握りしめた手を震わせた。
「どうした?」
「い、いや……」
「戻るか?」
「いや……行く。追おう。バグルスを」
カンナは自分でも驚くほど断言した。
「そうか」
アートは何も云わずにただ了承した。クィーカはアートに従うだけだ。
カンナは涙が出てきた。とんでもない間違いをしたかもしれない。しかも、こんなくだらない、捨てたはずのカルマのプライドが自分を苛むとは思ってもいなかった。ここで戻ったら、二度とあの塔に戻る資格を失う。それが怖かった。
(カルマにいる価値なんか無いのに……どうして……)
カンナの肩をアートが叩いた。
「夜が明けそうだ。明るくなったら、バグルスを追う」
「うん……」
眼鏡をとり、カンナは涙を拭いた。
再び火を起こし、アートが淹れたコーヒーを静かに飲みながら、カンナは膝を抱えて座り込んでじっと朝日をみつめた。先ほどは動揺したが、夏の暁闇と陽光をみつめている内に、次第に精神が静謐となり、気温が上昇するのとは逆に、冷たく研ぎ澄まされて行くのが分かった。
「行こう」
すっかり明るくなり、アートが立った。カンナとクィーカも続けて立つ。ラッテロの原生林は樫、楢、杉、樅、松などの巨木が林立している。あとは名前も分からない雑木が藪となって密生し、あの巨体が通った跡もよく分からない。
「本当は、竜の足跡くらい分からないといけないんだろうがな」
先頭をアート、真ん中にクィーカ、殿をカンナが歩いた。
しばらく木々や夏の下草をかき分けて進んでいるとすぐに方角が分からなくなる。竜の逃げた先も判別できなかったが、慎重に歩いている内に巨体が木をへし折っていたし、寝ころんだように草が倒れている箇所が見つかって、なんとか追跡が可能だった。




