神々の黄昏 5-1 雪竜胆
「まさか、何代かのダールが意図的にいっぺんに書かれてるのかしら?」
デリナは目頭を押さえた。
「それとも、聖地の指定した代理の名前が混じってるとか……」
「まさか、この手帳自体が、偽造なのではあるまいな」
アーリーが囁いた。
つまり、書庫長が二人を惑わせるために、わざと関係ない書物を調べさせているというのだ。
「その可能性もあるわね、こんなんじゃあ……」
デリナは目の前の山積みの書物を見てつぶやいた。
「でも、無くはない……情報は、無くはないのよ。見て」
デリナが独自にまとめた資料を出す。
「この時期から、急にダールの記述が無くなる。この時代に、何かあったのよ」
「この時期を、徹底的に洗うか……」
事態は、皇帝家のバグルス技術どころではなくなってきた。
それから年が明け、瞬く間に一年半がすぎて、宮城に住み着き書庫へ通い詰めて二年目の夏になった。さすがに、二人へ帰還命令が出た。
「ここまでね」
机で、命令書を眺め、デリナは一息ついた。
「どちらにせよ、一回報告しなくてはな」
「でもこれは、第一次調査よ。次も、調査の許可は既に出てる」
「長丁場だな……」
アーリーはすっかり住み慣れた宿舎の窓の景色を眺めた。
「とにかく、報告書をまとめましょう」
これまでの調査で、分かったことがいくつかあった。
壱、黄竜のダールが失踪したのは、二百八年前の五月でほぼ間違いない。
弐、黄竜のダールは複数名を使い分けていた可能性が高い。
参、黄竜のダールが行方不明になったのは、前触れがなく忽然と消えた可能性が高い。
四、失踪する以前に、聖地ピ=パへ頻繁に行っていた。
五、ただし、今時点において理由は分からない。
六、当時の皇帝が関与しているふしがある。
「これだけわかっただけでも、相当なものだぞ」
アーリーは満足げだった。
「とくに、第六の部分だ……」
それは、デリナが偶然発見した記述だった。裏づけが取れず、あくまで可能性である。まったく関係がないと思われる、帝都のとある草木学者の書いた薬草に関する本を気分転換に読んでいたら、
「雪竜胆に関し勅を得、さっそく採取へ出かけたところ、現地で思いもかけぬ人物と出会い……」
というもので、直接には触れていないが、
「昨今、宮城に於いてとんと見かけなくなった人物で、みなで心配していたが、そこへ滞在していたならば、得心するところこれあり。しかれども、同じく勅を得てしばしここにいると云う。また、この後はさらに遠方へ行くと云い……」
と、続いていた。
これだけなら、とても黄竜のダールの話には思えないだろうが、その学者の向かった先が、ラウ=ハウ高原であるというのだ。
「どこだ、それは?」
「黄竜殿のある土地よ」
それは、カンチュルクやグルジュワンにもある、竜皇神の総本山で、それぞれのダールの縁の地であり、ダールならば自由に行くことができるが、一般人は王や皇帝の許可もしくは命令がいる。
「どうしてわかる?」
「ここいらで雪竜胆の咲いているのは、そこだけだもの」
「ふうむ……」
「ダールなら、そこにいてもおかしくない。けど、この人は、ダールなのに勅命でいるというので、不思議に思ったんだわ。だから、わざわざ記録した。けど、訳ありと判断して、直接の記述は避けた」
「なるほどな」
その予測が正しいのかどうかは、まったくわからない。わからないが、次の調査への手がかりになることだけは確かだった。
「アトギリス=ハーンウルムの動向も気がかりだな。紫竜のダール……ガラネル。無暗に探しているとも思えないが……」
「かといって、帝都に接触しているという情報もないわ」
「本当か?」
「この一年半で、かなりばらまいたもの」




