神々の黄昏 2-3 血の盟約
デリナがお茶のお代わりを受け取って、満足げにほほ笑んだ。
「皇孫殿下のお妃様が、アトギリス=ハーンウルム王の妹君。動くとすれば、そこでしょう。少なくとも、あと三十年は後の話……何事もなければ、ですが……」
「アトギリス=ハーンウルムが兵を挙げ、皇帝を廃し奉りますか?」
「そこまでするのは危険です。おそらく、時間をかけるでしょう」
アーリーも同じ考えだった。うなずいて沈黙し、同意する。
「さすれば、我らダールの出番です。我らが協力し合い、ガラネルより先に黄竜のダールを探すのです」
「やはり、そこですか」
「そこです」
デリナの眼が、急に据わった。アーリーが素直に手の内を見せてきたので、自分も応じる気になった。
「単純に重複するときを除き、世界に七人いるダールのうち、常に四人から五人いる我が国は、まさに竜の国。ダールがこの国の歴史を作ります。特に、ダール統括の権限を有する黄竜のダールは聖地において竜皇神より神威を皇帝へ授ける役目があり、いまは聖地より指名された正統な代理が行っておりますが、やはり黄竜のダールに認められた者こそが、真の皇帝です。云いかえれば、黄竜のダールが認めたならば、アトギリス=ハーンウルム王が次の皇帝となっても、まったく問題はない……それがこの国の古来よりの掟です」
「その通りです」
「ガラネルはすでに黄竜のダールを探すべく、動いております。それも極秘裏に」
「協力は、吝かではありません」
「本当ですか」
「ただし、条件が」
「分かっております」
デリナが、竜革の頑丈な鞄より、何冊かの書物を出した。アーリーが瞠目する。
「これは……」
一冊を受け取って燭台の明かりへかざし、眼をむいた。
「写しです。グルジュワンに伝わる、黄竜に関する文献の」
「ふうむ……」
アーリーが見たかったものだ。
「これで、全てですか?」
「いいえ……まだ写しきれておりません。研究も始まったばかり。よろしければ、アーリー殿にグルジュワンへ来てもらって、共に研究を」
「よろこんで」
「それに、気候が良くなったら、帝都へ参りませんか?」
「帝都へ」
「ご存じのとおり、グルジュワンは、帝都の帝立書庫へ立ち入る権限を有しております」
「おお……!」
「あの山のような書物を丹念に紐解けば、黄竜失踪の秘密が、少しは分かるやもしれません」
アーリーの顔がほころぶ。
「それは、願ってもないこと」
「では、盟約が成ったと考えてよろしいですか?」
「よろしいです」
デリナがダールとしての牙をむき、指をかじると、自らの茶杯に血を一滴入れた。アーリーも同じ事をした。その互いの茶杯を交換し、二人は礼をすると、一気に飲み干した。
「これで、赤竜と黒竜は血の盟約を契りました。裏切りはゆるされませんよ」
「分かっております」
デリナが、ほっと息をつき、肩の力を抜いた。
「よかった。なんとか、一仕事を終えることができました……」
アーリーも、笑顔を見せた。
「食事でもいかがですか。カンチュルクの竜肉はうまいですよ……宿はどこに?」
「いえ、とにかくここへ来ることのみを考え、宿など、手配もしておりません」
「では、お泊りなさい。酒は?」
「少しだけ……」
「よいクイン酒があります。ご賞味あれ」
「私も、持ってきました」
デリナが出した白磁の瓶は、グルジュワン名物の、餅米から造る蒸留酒だった。
「これは、高価なものを……」
匂いを嗅ぎ、あまりの豊潤さに、アーリーは驚いた。
「盟約が、きっと成ると確信しておりました、アーリー殿」




