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ガリウスの救世者  作者: たぷから
短編「神々の黄昏」
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神々の黄昏 1-2 パオン家の密談

 パオン=グイが家人へ命じ、歓待の用意をさせる。また、息子たちを呼んだ。パオン=グイには三人の息子がいた。長男は将軍家を継ぐ。次男と三男は家老として兄へ仕えることになる。


 長男パオン=ダグは二十四歳の立派な跡継ぎだった。次男のパオン=ロウは二十一歳、学問に秀でて、優秀な軍師の卵だった。そして年の離れた末っ子のパオン=ラルは十六歳で、アーリーのお気に入りだった。体術や騎竜術に優れ、将来は特殊任務を担う家を興すことになる。


 このパオン=ラルこそ、パオン=ミの祖父にあたる。


 建物の奥の部屋で、羊や食用竜の肉料理による歓待が催され、アーリーは片端から口にした。ダールとしての強靭な生命力は、通常の人間の数倍の食糧を必要とする。が、修行を積めば、世界の火の気を直接取りこむことすら可能になる。


 雑穀から造った珍しいこの地方の発酵酒であるクイン酒を飲み、五人はしばし密談した。


 「で、陛下はなんと?」


 パオン=グイが、声をひそめる。ここで盗聴される(おそれ)は万が一にもないが、やはりことが重大なだけに、自然と低くなった。


 もったいぶるアーリーではない。いきなり、確信を述べた。


 「カンチュルクは、黄竜(こうりゅう)のダール承認のもと、正式に帝位を親王家へお移しし、帝国の道筋を改める先陣を切る覚悟である、と」


 パオン=グイと二人の息子たちが、眼をひんむいて絶句した。末弟のパオン=ラルのみが、いまいち事情を呑みこめていない。


 「グルジュワンが納得しません」


 これは、次男のパオン=ロウだ。真っ先に、そのことへ考えが行くのは、次男とアーリーのみだろう。


 「グルジュワンか……」


 兄のパオン=ダグが、深いため息を発した。云われてみればそうだ、というふうである。父と長兄がまず考えたのは、カンチュルクの不敬をどう正当化するか、ということだった。グルジュワンなど二の次だと思ったが、云われてみれば、現皇帝家へ絶対の忠誠を誓っているグルジュワンが、皇太子やさらにその弟宮、皇孫たちを差し置いて、皇帝の従兄弟筋にあたる格下の親王家へ禅譲するなど、論外の中の論外、不敬の中の不敬として、狂ったように反抗するだろう。まして、帝国の法務と学府を司る国だ。理論では勝てない。


 「アーリー様、このことは、他の将軍家には?」

 パオン=ロウの鋭い頭脳が、グルグルと回っているだろうことは、紅潮した顔からもわかる。


 「いや……まだ。のはずだが、わからん」

 「しかし、どうしてまた、急にそのようなお考えに到ったものか」


 老将軍パオン=グイの不審が、いよいよ極まったといった渋い顔で腕を組んだ。


 「アトギリス=ハーンウルムだ」

 「アトギリス=ハーンウルム?」

 息子たちが同時に声を出した。

 「アトギリス=ハーンウルムが、なにか?」


 「若きアトギリス=ハーンウルム王は、皇帝家そのものを廃し、アトネン=ハーンウル家が新帝となる覚悟を決めたという」


 「そ、そんな、馬鹿な!」

 これは、老将軍も含めて、長兄、次兄と三人の声だ。


 「皇孫殿下の妃は、ほかならぬ、レオギリス=アトネン=ハーンウル陛下の妹君ではないか」

 と、云った老将軍、紅潮した顔が、見る間に青ざめる。


 アーリーは黙して、茶色い芳醇な液体の入った木の杯をグイとあおった。

 「まさか……そのために……みずからの……妹を……」

 ガクガクと老いた石のような手が震えだす。


 「つまり、アトギリス=ハーンウルムの野望を阻止するためには、現皇帝家では無理と判断し、武名に優れる親王家に、帝になってもらう。カンチュルクはその補佐をし、アトギリス=ハーンウルムと対決する。藩王陛下の決断は、そいうことだ」


 アーリーの声が終わるか終わらないかのうちに、

 「まずい、まずいまずいまずい、これはまずい!!」


 たまらず、パオン=ロウが立ち上がった。両手で空を漕ぎ、眼も泳いでいる。


 「このままでは、ディスケル=スタルは内乱になる! 二百八十年ぶりの、戦国時代だ! 帝国を実質的に支配する三国が相争うということは、(たが)が外れるということ……誰かが……誰かが裏で糸を引いてはおりませんか!?」


 引いているとすれば、『一か所だけ』だが、誰もが恐ろしさのあまり口を開かなかった。アーリーですらも。


 「ま……いますぐにどうこうではない。なにせ、黄竜のダールが行方不明となって二百年と云われている……明日、明後日の話ではない」


 アーリーが杯を置いて、やや口調を柔らかくしつつ、そう云った。それを聴いて、一同が安堵の息を発した。すぐに、パオン=ラウがアーリーヘ酌をする。宴が再開された。


 「しかし、お前たちの孫くらいの代には、事態は動いているやもしれん……」


 老将軍が頼もしい息子たちを見ながら、しみじみとつぶやいた。

 その杞憂は、現実のものとなる。


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