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ガリウスの救世者  作者: たぷから
短編「仇討」
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仇討 4-2 居合

 瞬間、加速が解ける。勢い余って、オーレアが藪へつっこんだ。


 あわてて身体を起こすと、いまの長刀を素早くかつ器用に鞘へ納める小柄な女が見えた。ガリアは自由に出したり消したりできるので、たいていは剥き身だ。鞘までガリアなのは珍しい。スターラによくある男装を着て、見た目には少年のようだった。その鼻の丸い、一重の眼が切れ長に光る細面の顔は、噂に聴く竜の国の人間ではないだろうか。それ以前に、


 (……こんな人、ウチにいた!?)


 まさか、他の組織の人間が自分を襲っているわけではあるまいな。そうとすら思った。それは、あり得ない。というのも、理由が無い。何者かが、金を出して自分の暗殺を依頼しないかぎりは……。


 覆面……すなわち、組織の首領がそこまでするだろうか。そこまで、オーレアを買っていたということか? よく分からない。とにかく、この女はただ者ではない。


 小柄な異邦の女が足元の木っ端を蹴り飛ばし、じわっと足を開いて腰を落として、刀の柄へ右手を添え、その針のような眼でオーレアを刺した。オーレア、ゴクリと喉を鳴らす。まさかこれは、竜の国の古武術か。スターラの諸武術の元になったという……。


 オーレア、ゆっくりと立ち上がり、二剣を上下に構えた。左長剣を上に、右短剣を下に。アーレグ流二剣術秘奥義、天地の構えだった。これは、相手がこの女のように、同じような武術に通じている者にしか、あまり効果はない。したがって、ほとんどスターラではお目にかかるものではない。ゆえに秘奥義だった。


 黒髪の女も、左の腰に位置した長刀が、布巻の帯へ差さっている。それを低く、左手で支え、右手を柄に軽く当てて身構えている。


 こやつ、名をサヤといい、竜属の国のひとつ、ホレイサン=スタルの人間だった。ガリアは銘を「風切(カザキリ)」という。覆面の側近で、いわば近衛兵だった。暗殺は滅多にしない。オーレアが知らないのは無理もなかった。しかも、その正体はホレイサン=スタルがはるばるスターラの暗殺組織の内情を探るために送りこんだ間者であった。


 さて、そのサヤがなぜいまオーレアを襲っているのかというと、覆面の命令……ではなく、単に、自分の興味本位だった。自分と同じような力を持つ、組織最強のガリア遣いと、最後に戦ってみたかった。それだけだった。


 サヤの力は、結果としてオーレアとほとんど同じ効果だが、発想は違う。超高速行動というより、超高速「攻撃」に近い。つまり、単に移動したり逃げたりするのに、加速は発動しない。ひたすら、攻撃するのみ!


 オーレアは、逃げる気にもなれなかった。いま背中を見せると確実に死ぬ。それだけの殺気があった。冷たい、この白銀に勝るとも劣らない鋼の光を見せる長刀のガリアの輝きめいた、寒気すら覚える研ぎ澄まされた殺気が。


 オーレアの構えも、それまでのスターラ武術のそれとは質の違うものと気づいたのだろう。サヤも、動かない。いや、動けない。互いに構えのまま、微動だにしなかった。先に隙を見せたほうが死ぬ。


 じりじりと暗くなってきた。オーレアは焦ったが、考えれば逃げるには暗いほうが良い。向こうに、闇を見通す力がなければ。


 つまり、サヤも焦っていた。その焦りを、一寸も見せないのはさすがだ。

 汗が全身を濡らす。

 風が汗を冷やした。

 先にオーレアが動いた。


 瞬間、目付すなわち視線を読まれまいと糸のように細くしていたサヤの焦げ茶の瞳が、クワッ! と括目する。


 後の先でサヤも超高速攻撃に入る。居合だ!

 衝撃波が幾重にも周囲の草木をなぎ倒した。


 加速中の二人が、互いに超高速行動で刃を振りあう。こうなれば通常状態で戦っても同じだと思われるが、そこは二人とも人間心理だ。示し合わせて試合でも行わない限り、ガリアの力は遣う。


 居合とは刀を鞘から抜く動作がそのまま攻撃となる技術で、知らない者はその挙動に対処できない。が、オーレアは知識として知っていた。旧連合王国時代に出版された、竜の国の古武術を紹介する本を読んでいた。


 ぎりぎりまで刀を納めたまま超加速で接近し、右手が抜刀すると同時に左手が鞘をひねって刃筋の方向を決定する。最後は、一気に左手で鞘を引き絞って、切っ先が自動的に抜けて自由になる。その瞬間、右手が連動して握り締められて、刀が鞘より生き物めいてほとばしり出る。


 サヤは正攻法で横一文字で抜刀した。鞘離れと体の捻り、なにより右手の「握り締め」で、刀の切っ先がさらに加速される。超加速中の超超加速!


 その超音速の切っ先を、オーレアは独自の動きでかわす。舞踊めいて身体をねじり、二剣を上下に円を描くように動かし、あわせて歩方も円を描く。全身が三重の螺旋を描いて、長剣と短剣が微妙な時間差でその切っ先を挟みこむように受け流した。


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