仇討 3-3 レントー対オーレア
初めて顔を見たが、右のこめかみから顎にかけて大きな傷跡のある、短髪の大柄な女だった。その両手には、巨大な金属製鉤爪の伸びた籠手が装備してある。これがガリアだ。
オーレアがのけ反って蹴りを避けつつ、二剣を合わせる。加速!
大気を震わせ、超高速行動に入ったオーレア、まるで止まっているかのように遅い竜爪へむけ、その白銀片手剣をふるう。その空気を裂いて波打つ衝撃が、目に見える。我々のハイスピードカメラの映像に近い。
その衝撃を竜爪め、両手のガリアをとにかく重ね、大きく後ろへ飛んでかわした。が、遅い。オーレアがその空中の竜爪へむけて体当たりをかました。
そこで、超高速行動の時間が切れる。ほんの数えるほどしか持続はできない。
まともにぶつかれば人間などバラバラにする衝撃だが、左長剣の攻撃が接触する寸前で加速が解けた。
だが、威力は残っている。ぶっ飛ばされた竜爪が勢いよく石壁へ激突した。
とたん、石壁がぐにゃりと歪んで竜爪を受け止め、反動で押し返した。竜爪はその勢いを利用し、オーレアむけて反撃!
「!?」
虚を突かれたオーレア、再び加速して、距離をあけるため壁を伝って建物を上った。竜爪が空中で一回転して地面へ下りると、地面すら大きく凹んで、反動で一気に空中へ飛ばした。
加速の終わったオーレアが建物の屋根ぎりぎりに出現する。竜爪の跳躍はそこまで届かなかったが、右手を大きく振ると、四本ある竜爪の一本が飛び出て、細いワイヤーを伸ばしながらオーレアを襲った!
無理な体制で身体を捻り、オーレアが右短剣でその爪を払った。
そして加速! 今度は一気に地面へ下りる。
竜爪も地面へ落ちた。が、今度は緩やかに地面が竜爪を受け止め、優しく放り上げると、竜爪は見事な宙返りを打って着地した。
オーレアが小さく舌をうつ。あの、地面や石壁を柔らかくしているのが、「砂遣い」だろう。
(てことは……どこかで砂を撒いてるはず……)
竜爪は絶妙に、超高速行動の持続時間ぎりぎりの効果範囲の外にいる。さすがに、いまの戦闘で「間合い」を見切ったようだ。間合いとは、距離だけではなく、間を詰める時間をも意味する……。
と、オーレアは何の躊躇もなく、この裏通りから、素早く手短な路地へ逃げこんだ。
焦った竜爪が、あわてて後を追う。
この辺は、既に探索済みだった。オーレアは複雑に路地を回り、時に加速して、一気に反対側の区画へ抜けてしまった。よほどの予測と土地勘が無ければ、すぐの追跡は不可能だろう。
(ざまあみなさ……)
オーレア、突如として建物の壁をすり抜けて自分を襲った槍の穂先をかろうじてかわした。
そのまま、逃げる先を目指して、槍が次々に襲い来る。
「こいつ!」
思わず石壁を長剣で叩く。硬い感触がして、剣が跳ね返ってきた。
あわてて反対側の壁へ寄った。
その時には、どこをどう移動したものか、そちら側の壁より連続して槍が突き出てきた!
二剣で弾きつつ、下がる。さらにその背後へ、突如として竜爪が踊りかかった!
(どうしてここが!?)
たまらず剣を打ち合わせ、加速した。風圧にたじろいで、竜爪が顔を籠手で遮る。建物の壁へ傷が断続的について、見えないオーレアが駆け上っていったのがわかった。
「ちくしょう、あのオーレアがここまで逃げるなんて!」
竜爪が見上げて悪態をつく。
「それだけ、あたいたちの攻撃が効果的ということだよ」
見ると、地面より顔と槍の穂先をまるで水から出ているように出して、茶髪の手槍遣いが冷たい三白眼を見せる。
「おい、あいつ、どこに行った!?」
竜爪が建物の壁へ向かって叫んだ。とたん、べろり、と煉瓦の壁がはがれて、中より二人の女が出てきた。一人が水の入った地味な薄い銅の盤を持ち、一人がこれも地味な素焼きの壺を抱えている。
銅盤遣いが水を覗きこむ。ざわざわと水の上に波紋が立った。
この銅盤のガリアこそが、敵や味方の位置を正確に把握する力があり、砂壺のガリア遣いが、その砂をかけて鉱物を柔らかくする。
手槍遣いは、自在に物質を通過し、中を移動できる。
竜爪籠手のやつは、暗殺を有利にするため、自分の周囲の音を消す力があるが、オーレア相手にはあまり効果があるとは思えないので、純粋にレントー流の技で勝負を挑んでいた。
覆面組織でもトップクラスのこの二組がタッグを組んでいること自体、あり得ないことだった。そしてオーレアとは、それほどの「獲物」だった。
「ちょっとまって……!」




