仇討 2-2 マーニ
「なんとなくだよ……理由なんかないさ」
「じゃあ、一人でやるけど……」
「できるんなら、そうしてくれ。報酬もいらないよ」
「変なの」
同じくゴブレットを傾け、オーレアの眼が光る。
「獲物……シュターク商会の会長に、なにかあるの?」
「なにもないよ!」
クラリアが声を荒げ、もうオーレアは何も云わぬ。余計な詮索や心配をする仲ではない。ただの暗殺の相棒……いや、『仕事仲間』だ。明日は、互いに暗殺の対象となるやもしれぬ仲なのだ。
「じゃ、勝手にやるから」
「頼んだよ」
クラリアが自分の分の小銭をテーブルへばらまき、さっさと出て行ってしまった。オーレアがおごると云っても、クラリアは絶対にそれを許さない。何かしらの矜持なのか、意地なのか。オーレアは、別にどうと思うでもなく、クラリアの好きにさせていた。
オーレアも席を立ち、仕事に備えた。
この時期、日没は遅い。自分で歩き、まずはシュターク商会を確認する。どこにでもある、雑貨・食料品卸の中堅商社だった。オーレアの隣には、ハゲネズミとは異なる情報屋がいた。こやつは戦闘には不向きなガリア遣いで、情報屋兼連絡係として組織に雇われている。名を、マーニといい、三十代の半ばほどだった。平均寿命が五十歳少々のこの世界では、既に中年といってよい。
「生意気に、護衛を雇っているそうですよ」
いっしょに路地の陰より商会の正面を覗きながら、まるで娼婦上がりのような蓮っ葉な話し方と声で、マーニが告げ口めいて云った。
「て、ことは、襲撃される自覚があるってこと」
「グラントローメラから、共同経営の話をもちかけられて、しつこく断っていたら、脅迫されはじめたとやらで、怯えてるんですよ」
「共同経営の交渉がうまくいかないくらいで、暗殺までするかしら?」
「そりゃあ……」
そこでマーニが黙った。オーレアがマーニを見る。背が高いので、見下ろす格好だ。マーニは、鼻っ面をしかめ、云い放った。
「手っとり早く、乗っ取りたいんでしょうよ」
「でしょうねえ」
「大手のやることは、中小いじめと相場がきまってますからね。ま、あたいにゃ関係ありませんけどね」
それは、オーレアも同じだった。
「なんでもいいわ。どの人が殺る相手?」
「ちょうど、会合で出てきますよ。……あいつです」
見るからに優男な印象だが、目鼻立ちの整った、背の高い男性が、四人の女性に囲まれて現れた。年のころは、マーニと同じく三十代の半ばといったところだ。かなり憔悴しており、顔色が悪い。
「ちょいといい男ですが、精神的に、かなりまいってるようですよ」
確かに、そんなように見える。これも芯の細そうな夫人や番頭らしき初老の男性と入り口で少し話をして、シュターク商会の会長であるバーチィが護衛に囲まれて道を歩き出した。
「護衛って、ガリア遣いなの?」
「そうみたいですねえ」
マーニがすまして答える。
「ちょっと見てくれない?」
オーレアが路地より顔を半分だして、そう云ったが、マーニはすかした顔で無視した。
「もう!」
オーレアが四分の一トリアンである銀粒貨を一つ出すと、すかさず受け取り、マーニは音もなく雑踏へ紛れ、五人の後を尾行した。
あとは、いつものところで待ち合わせだ。
一刻半、つまり約三時間の後、時間をつぶしたオーレアが早めに二人だけの打ち合わせ場所である、工業区の片隅の、とある倉庫の裏手の運動広場へ行くと、既にマーニが休憩用の腰掛に座って待っていた。午後の勤務時間中なので、広場はがらんとして誰もいない。猫すらいなかった。
「早かったのね」
「ええ、まあ、たまたま」
「で?」
「ちょいと、やっかいそうですよ」




