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ガリウスの救世者  作者: たぷから
短編「仇討」
302/674

仇討 序 二人の暗殺者

 序


 闇に火の燃え、融けた金属の流れる音が轟いている。


 重工業都市スターラの、レンガ造りの製鉄・精錬工場の立ち並ぶ工業区に、二人の女がその闇に隠れていた。工場独特の、金属と石炭の燃える臭いが充満し、その熱気もあいまって、女たちの肌は汗で濡れつくしていた。


 夏の終わりころの日差しはだいぶん薄くなってきたが、気温はまだ高い。


 既に深夜に近いが、一部の工場は三交代で労働者を働かせている。工場からは、赤々と明かりが漏れていた。


 二人は、暗殺者であった。

 暗殺するのは、この工場の工場長だ。

 暗殺を依頼した者も、暗殺する理由もしらない。

 二人は組織より金で暗殺を請け負っているだけなのだ。

 工場の裏手口から、暑さに負けて休憩の一団が出てきた。

 一、二……七人、いた。


 大きなランタンと同じ構造である街灯の薄明りの下、水瓶(みずがめ)から水を飲み、談笑して汗を拭いている。男たちの体臭が、臭ってきそうだった。


 「どいつだ……?」

 物陰より覗く女の一人が囁いた。


 「いないみたい」

 「使用人といっしょにはいないか……」

 「向こう側に回る?」

 「いや、待て……」


 八人目が現れた。影にも、身なりが良いのが分かる。薄い夏着ながら、小ざっぱりしている。体格もよい。なにより、先にいた七人がペコペコしているので間ちがいなさそうだ。


 「じゃ、やりますか……」


 一人が身構えて、前に出た。男たちにも匹敵する背の高さに、引き締まりつつもふくよかで豊満な体型が影にも見て分かった。


 「待ちな、あんたのガリアじゃ、力が強すぎる。あたいにまかせな……」

 「ここにきて、手柄を独り占め?」

 「ちがうよ……無関係なやつらを殺したくない」

 「別に……独り占めでもかまわないけど……」

 「ちがうったら」

 「わかってる。じゃあ、お願い」


 一人が下がる。一息つき、二人目が前に出た。対照的に、小柄な女だった。痩せていて、栄養失調の子供にも見える。その手には……いや、街路灯に薄く映る影の手に、木の歯車のようなものが無音で回っていた。それが、工場長の影の真上にも同じく影となって浮かんだ。それらが滑車となって影に太い綱が見えて、工場長の影へ伸び、首へかかった。


 そして、滑車が影の綱を引き絞る。工場長の影の首が見る間に吊られると、実際の工場長もいきなり吊り上げられた。


 「あっ……ぐ……」


 首が異様に折れ曲がり、喉を押さえて、工場長が呻く。労働者たちが驚き、そして恐怖におののいた。


 ガリア遣いの仕業と、皆が察したのだった。

 「た……す……!!」


 工場長が呻いて、そのまま黙り、がっくりと動かなくなってから綱が外され、ドッとその場に崩れた。誰も、悲鳴も上げなかった。工場の買収話で揉め、こんな深夜まで残っていたのを知っていた。


 「殺されるくれえなら、潔く売っちまえばよかったのによう……」

 誰かがぼそりとつぶやいた。みなうなだれて、工場長を見つめている。



 1


 「ああ、気持ちいい!」


 二人はその足で街を出て、明け方に郊外の泉へ来た。スターラは拡張を続ける大都市であったが、古来より北を流れるハイデル川とその伏流水を水源とする湖沼地帯は、街全体の水源でもあり、きびしく環境が保たれていた。生活・工業排水は街の南側の不毛の荒野へ流され、大きな処理池から地下浸透で処理している。


 人々は、夏は郊外の河畔や湖沼地帯で水浴をする習慣があった。男女ともかまわず裸になる。しかし、朝日が昇ったばかりの時間帯に、湖沼地帯でも奥地の小さな秘密の場所めいたこの泉に、二人以外に人影はなかった。


 二人とも、スターラの秘密暗殺組織「メスト」の暗殺者だった。メストと云っても派閥があり、二人はいつも覆面をつけている小太りの男が首領の組織に所属している。彼女らは自分たちの組織をその時折遠目に見るだけの首領になぞらえ、「覆面」と呼んでいた。


 他の組織のことは知らない。知りたくもない。知ってはいけない。まして組織を移動などは重大な禁忌事項なので、互いに引き抜きもしないし、移動を希望しても希望先に殺される。そうやって危うい均衡を保っている世界だった。


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