第2章 3-5 ガリアとの対峙
「大丈夫ですよ。ちゃんと戻れます。なにせ、カルマとて人手不足には変わりありません。たかが数日、カンナどのが少しでも成長して戻ったら、アーリーどのは喜びますよ。同じダール同士、アーリーどのが内通者かもしれませんが」
「ありえないわよ」
「それを、探ってください」
「自信ない」
「……バスクとは限りません。職員の中にいるのかも……」
「ますます分からないわよ、そんなの。塔には、顔も知らない人がたくさんいるし」
「大丈夫、大丈夫」
「あなた、そんなに凄いのなら、自分でやったらどうですか」
「いやいやいや……さしもの拙者も、カルマに忍びこむのは骨が折れます。それに、拙者の身体はひとつしかありません。いろいろと他にやることが、あ、る、の、です……」
マラカは笑みを崩さない。嬉しそうにカンナの肩へ頬ずりをする。そして頬ずりしつつ、脇の近くに鼻をうずめて匂いをかいだので、カンナが反射的に身をよじる。
「いや、ちょっと待って、何を……なんなんです、あなた」
「カンナどのは、まだまだ強くなりますよ。あの黒い剣と共に、成長します」
「……だといいですけどね」
余計なお世話だった。しかし、早急に黒剣と自分の関係を考え直さなくてはならないのは事実だ。ガリアと、自分の。前のままでは戻れない。
「分かりました。がんばってもっと強くなって……カルマに戻る。それでいいんでしょ?」
「けっこうけっこう、たいへんけっこうです。アートどのには内密に……巻きこんでは迷惑をかけます。カルマへ戻ってからの指示は、おって、し、ま、す、から……」
そう云うと、マラカは手慣れた手つきでカンナの両膝を押し広げ、するりと身体を重ねた。
「……白い肌……ふつう、白い肌の人は、温まると赤くなるものです。でもカンナどのは雪のように白いまま……まるでバグルスのよう……」
そして、犬みたいにペろりとカンナの口をなめた。
「ちょ……な、なんなの!? さっきから、あんたの部族の習慣かなにか……!?」
カンナは驚きを通り越して恐怖で硬直した。マラカはそんなカンナの顔をみつめて目を細め、さもうれしそうに、
「この匂い……この味……覚えましたぞ、カ、ン、ナ、どの」
シャ、シャ、シャ、シャ、と笑って、湯も揺らさずにその場を去った。
カンナは云われたことを反芻するだけで一刻を要し、完全に湯あたりした。
「ただいま~」
ふらふらしながら戻ってきたカンナを見て、クィーカは何がそんなに面白いのかというほど笑い転げた。単純に、湯あたりして戻ってきたのが面白いらしい。
「一体どれだけお湯に入ってたんですかあ~、ふごふごふご……!」
腹を抱えて椅子から転げ落ちる。
「めしはなんにしようか?」
アートは気にもしていない。カンナはマラカのことを話しそうとしたが、やめた。情報を洩らして、何をされるか分からない恐怖が先だつ。
「あんまり食欲ない……少しでいい」
「はやく寝ろよ」
カンナは雑穀粥を作ってもらって軽く腹へ収めると、早々に納戸を整理した狭い自室へもぐり込んで寝てしまった。あの広いカルマの塔の部屋に比べると、物入れのような面積だが、なぜかカンナは塔より心地よかった。
翌日からカンナは裏手の空き地で、一人でガリアと対峙した。風を受け、陽光に照らし、ウガマールで習った剣の形をやり、また剣をひたすらみつめ、何かを感じようとした。剣と共鳴しようと、朝から晩までそれこそ一日中、雷紋黒曜共鳴剣と向き合った。
四日目にして、何も感じず、ただの一回も剣は鳴らなかった。




