第2章 3-2 講義
アートはコーヒーを一口すすり、
「なんのためって云われてもな。複数の竜を統率するとは、聴いているが」
「誰が作ってるの? 人工的に作られたダールなんでしょう?」
「誰って云われてもね」
アートは苦笑しつつ、コーヒーを飲み干した。
「知らないな」
「そうよね……」
「それより、カンナのガリアは、なんていうんだ? まだ教えてもらってなかったな」
カンナは耳を赤くして横をむいた。大層な銘を最初につけてしまうと、遣えなくなってから恥ずかしい思いをする。
「……雷紋……黒曜……共鳴剣」
「難しい名前だな」
「わたしがつけたんじゃない。……いや、少し、つけた」
「共鳴ってなんだよ」
それだ。問題はそれだった。
「ねえ、アート……。アートは、自分のガリアの力を全部分かる? ちゃんと遣えてる?」
「分かるさ」
アートは即答した。
「ふつう、最初から分かる。分からないのは、段階的に色々な力を発揮するガリアだな。そういうガリアを持つ人はいるよ。それは、自分で探して行くしかない。他人にゃ分からない。ガリアってのは、その人の心の問題だからな」
「だよねえ……」
「何が問題なんだ。クィーカ、コーヒーのお代わりをくれ」
クィーカが黙って、アートのカップをとってコーヒーを淹れる。クィーカにとっても、ガリアの教習だった。
「共鳴剣って、わたしがつけたんだけど……稲妻が出るとき、強く自分と剣が共鳴するの。こう……ヴヴヴ、って。けど、なかなか共鳴しない。共鳴の仕方が分からない。肝心なときにそれじゃ、アートやクィーカにも危険が」
「ガリアってのは、その銘がその力を素直に表す。みんな好き勝手に銘づけているようだけど、自然にそうつけているんだ。俺だって、防御だけだったら無敵の自信はある。だから、無敵手甲さ。あんたの黒い剣は、銘がその力を既に表している。あんた、雷が出るときに共鳴するのか? 共鳴すると雷が出るのか? どっちなんだ?」
「えっ!?」
カンナはアートが何を云ったのか、よく意味が分からなかった。
「じゅ、順番の問題?」
「違うのか?」
そう、アートは笑った。
「どっちにしろ、ガリアは頭で考えてもだめだな。心から出るものだから、感じないと。ガリアは、感じるもんだ。何か、感じるだろ? 自分の黒い剣に……雷紋黒曜……共鳴剣に。それに……矛盾するようだが、ガリアは遣うものじゃない。道具や武器のように見えるけど、道具でも武器でもない。自分の一部だよ。身体と精神の一部なんだ。自分の手足を遣うのと、その手で道具を遣うのとは、おのずと異なる」
「……良く分からない」
「ま、金はあるから、しばらく休もうぜ。本当は一年くらい休んでたっていいくらいだ。つつましく暮らしてくのなら、これだけあれば余裕だ」
「やすんでちゃだーめーでーすー。ふごっ……!!」
「分かってるよ……。数日たったら、また仕事をしよう。退治のな。それまで、ゆっくりガリアをみつめなおしなよ」
アートはそう云うと、コーヒーのお代わりを飲みながら本を読み始めた。クィーカもアートに字を教えてもらっており、読書が好きだった。カンナは、本を読むのは嫌いだった。
「散歩行ってくる」
カンナは家を出ようと立った。
「気晴らしなら、湯屋にでも行ったどうだ。湖の近くに、バスク専用の湯屋があるぞ。情報交換もできる」
ドキリとして、一瞬考えるも、そういやカルマには専用の風呂があったのを思い出し、よもや鉢合わせはしないだろうと思ったので、そうさせてもらうことにした。
カンナは湯代を持ち、家を出た。
サランの森の中に、城壁内部に取り残された深く小さな湖がある。生活用水として使われた時代もあったが、いまは使用を禁じられている。森の中には多段式の石造り浄化槽が設置され、都市の生活排水をできるだけ浄化して森へ流している。飲み水は、都市創設のころより数千キュルトの地下より清水を組み上げ、水道として使っている。湯屋の水も、豊富な地下水を利用していた。ここは、とにかく水だけは大量にあるため、古来より難攻不落の城砦都市だった。




