第3章 3-1 迫り来る死の氷
「体力を失っているアーリー様など、問題ではない! いまはバスクスを、全勢力をもって叩き潰す! 生きて北極圏へ帰れると思うな!」
竜たちの喧騒が、ぴたりとやんだ。
「行け!」
何かに操られているかの如く、竜どもが整然と雪をかき分け、カンナたちのいる高い岩山へ向かい、森をすすむ。
3
竜たちの咆哮や足音が重なり合って、雪崩めいて稜線を覆った。大岩の下のカンナたちも身をすくめる。岩の上のベッカとクシュフォーネに到っては、頂上から飛び降りんばかりに動揺した。じっさい、何頭かの吹雪飛竜が炎を吹きつけながら襲来したので、ベッカはガリアを出す間もなく岩山から転げ落ちた。
「…………!」
悲鳴も出ぬ。
クシュフォーネも思い切って飛び降り、同時にドングリをばらまく。たちまち岩肌より蔓が伸びて、ベッカとクシュフォーネをつかむ。そのまま、二人は一気に下へ降りて、地面より少しのところで蔦が萎れ、雪の上に放りだされた。
「どうなってんのよお!?」
云われるまでもなく、ふだん無口な二人もさすがにまくしたてた。
最後まで聞かずとも、竜たちのどよめきが近づいてきたので、誰とは云わず五人が同時にその場より逃げだす。しかし、このザラメのような湿って結晶の大きな雪は、かんじきを履く足を戒め、容易に進めなかった。そうこうしているうちに、背後より巨大な遠吠えがしたので振り返ると、先ほどの岩山の上に、全身が氷の鎧に覆われた見事な竜が一頭、止まっていて、威嚇するように翼を開き、空中へ氷の粒を吐いていた。
氷河竜だ。
アーリーに深手を受けたのは幻像で、これは生気に満ちている!
「だめだ、逃げられない、戦います!」
木々の中へ逃げこみ、めいめいが離れかけたとき、カンナが立ち止まって叫ぶも、残ったのはスティッキィのみで、あとの三人は問答無用で離散してしまった。
「……ま、無理もないけどお~」
スティッキィとしては、カンナの側のほうが生き残る確率が高いと判断したまでだ。
立木が邪魔をして、飛竜たちは入ってこられない。逃げおおせることは不可能ではないだろうが、体力を使いきったところで追いつかれるくらいなら、死中に活路を見出すほうがよい。少なくともカンナはそう思った。
ガリアを出し、共鳴を探す。雷紋黒曜共鳴剣が、すぐに迫りくる竜の大群をとらえた。なにより、黒剣は氷河竜へ異様なほど反応し、重低音と高音を同時に発し、周囲の木々がざわざわと震えるほどに振動する。スティッキィもガリアを構える。死舞闇星剣。互いに漆黒の、片や艶やかに半透明に黒光りし、雷紋が電光に明滅する両手持ち剣。片や墨色で雪中に闇をこぼす細身剣。二人の黒剣遣いが、木々の合間よりこちらを確実に睨みつける超主戦竜級の怪物と対峙した。
「こっち見てるってことは、見つかってるのねえ」
「飛竜たちが、場所を知らせてる!」
「逃げた連中も、時間の問題よねえ」
さしものスティッキィも、冷や汗にふるえた。竜の数が違う。彼女たちは知るよしもないが、トロンバーで三百近いガリア遣いをほぼ壊滅状態に追いこんだ軍団だ。それが、実体で、すべてここにいる。
だが、カンナは、自信というでもないが、絶望的な感情には支配されなかった。楽観……あるいは、確信とでもいうべきか、とにかく「なんとかなる」という感覚に満たされていた。根拠はない。根拠はないが、夏のデリナとの戦いで、あの野戦の陣へ突っこんだ時の感覚に比べたら、まるで余裕に感じるのだ。
共鳴が高鳴り、黒剣より稲光がほとばしる。ガリアが真っ先に襲ったのは、既に周囲の雪景色に隠れていた雪花竜だった。二条、いや三条の閃光が走って、瞬時に三頭の雪花竜がその白の中より爆発してひっくり返り、黒焦げとなって白煙と肉の焼ける臭いを放つ。
驚いたのはスティッキィだった。まったく気づかなかった。もうここまで追いつかれていた……いや、既に見張られていたのだろう。ざわっという気配が引いた。吸血で同じく景色に擬態する兎小竜どもが、共鳴音を嫌って、いっせいに逃げたのだ。
すると、地響きがして、ついに主戦竜たちが迫ってきた。速度の速い毛長走竜が、まず魔狼めいて雪中を駆けてくる。その後ろに、主戦竜である雪原竜と恐氷竜だ。しかしそれらは、カンナはすでにトロンバーで相手をしていた。数が多いというだけで、なにほどでもない。問題はバグルス……すなわちシードリィだ。
「スティッキィ、少し離れて戦って!」




