第3章 2-3 シードリィ、出陣
「なに? いまの」
「見てまいります」
ケーキを用意していたボルトニヤンが慌てる。山の下での竜どもの騒ぎも、聞こえてきた。ただ事ではない。
「どうしたのです? ホルポス様のお食事を妨げるなど……」
何頭かの中隊長格のバグルスがボルトニヤンへ控え、報告した。
「……バスクス達が? 見つかったというの?」
そんな、まさかという顔つきになる。ここまで入りこんでくるとは。
「だから、先日の内に叩き潰しておけばよかったのだ」
振り返ると、シードリィが険しい顔つきで立っていた。ボルトニヤンは何も云い返せなかった。
「だ、だけど……」
「ホルポス様は、しばらくガリアをお遣いになられない。我らでやる!」
「被害が大きいわ、相手はバスクスでしょう?」
「だからと云って、このまま返してよいはずがない。トロンバーからアーリー様がやってくるぞ」
「どのみち、ホルポス様の術が消えて、アーリー様には気づかれている……もう明日には、スターラを攻めるんでしょう?」
「だったら、同じではないか。どっちみち侵攻中に、バスクスとは交戦になる」
ボルトニヤンは胸騒ぎがし、どうしても賛同できなかった。
「どうしたの?」
木のスプーンを持ったまま、ホルポスが部屋より顔を出す。二人が膝をついて控えた。他のバグルスは顔もあげぬ。
「なんでもありません。ホルポス様はどうかお食事を続けて……」
そう、ボルトニヤンが云うのを、シードリィが遮った。
「ホルポス様、バスクスが近くまで偵察にきております」
「シードリィ!」
「ボルトニヤンは黙ってて!」
ホルポスに云われ、仕方なく、ボルトニヤンはうつむいた。
「バスクスって、なんでこっちにいるの? トロンバーじゃないの?」
「アーリー様が、強攻偵察でこちらに派遣した模様です」
ホルポスが眉をひそめた。
「アーリーおばさまは勘がするどいから……。まあいいわ。やっつけるんでしょう? あたしがまた……」
「それはなりません!!」
ボルトニヤンとシードリィが同時に叫ぶ。ホルポスが驚いて口をつぐんだ。
シードリィは、ホルポスに対しボルトニヤンが過保護なのを快く思っていなかった。しかし、無理をさせてはならないのも事実だ。まだ幼いダールは、力の配分を誤ると、強力なガリアや竜皇神の血が暴走して命にかかわる。この年で、こうしてガリアを遣って戦っていること自体が、大変に危険なのだ……。
再びボルトニヤンが控え、シードリィが恭しく口を開いた。
「偉大なるわが主、北方竜の君主、白皇竜の遣いにして氷結の裁定者、そして竜世界の守護者よ、どうかお聞きください」
「な……なんなの、改まって……」
「この戦い、竜世界を二分する大事。ホルポス様には、どうか真の敵が誰なのか、真の味方が誰なのかを見極めていただかなくてはなりません。アーリー様が敵なのか、デリナめが味方なのか……そして、カンナはどちらなのか。我ら北方竜の、存亡にかかわることです」
幼いホルポスにそこまでの重荷を背負わせることになってしまった、ホルポスの母カルポスの突然の死。この二体のバグルスは、どうにかしてホルポスを護りつつ、北方竜属全体を導かなくてはならない使命感に、つぶされそうだった。
「我らが、バスクスを試して御覧にいれましょう。どうか、我らの命運を託せる存在かどうか、お見極めを」
悲壮的な表情となって、シードリィは立ち上がるとホルポスへ最敬礼して、踵を返した。肘から先をなくした右腕が痛々しい。
「シードリィ!」
思わずホルポスが叫ぶ。
「し、死んじゃ、ダメ……」
振り返って、優し気な笑みで微笑むと、シードリィは無言でその場を去った。
シードリィは山麓へ出ると、高い岩場へ上り、ざわつく眼下の竜たちへ向け、独特の竜を従える発声で宣言した。




