第3章 2-1 決断
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飛竜たちは、確かにカンナ達を発見していた。そして、その情報を確かにシードリィへ伝えていた。
結論から云うと、ガリアで遠くトロンバーを幻像攻撃しているホルポスを護るため、カンナたちを奇襲しようとしたシードリィを、ボルトニヤンは止めた。あのカンナの力からして、逆にホルポスを危険にさらすから、と。いまは竜たちの息を全て潜ませ、念のためカンナたちを雪花竜たちに見晴らせ、トロンバー攻撃の結果を待つ。
したがって、その晩と翌日の昼過ぎまで、カンナたちは何事もなく、竜も何も発見せずにトローメラ山のふもとまで来た。
「こっちに竜が集まってるというのは、思い過ごしだったのかしらねえ」
スティッキィがトローメラ山を仰ぎ見て、つぶやいた。あれ以来、飛竜の影もない。ベッカとクシュフォーネは無言で、カンナも無言だった。カンナは、よくわからないから黙っているだけだったが。メランカーナの口上がはじまる。
「いいえ、スティッキィさん、わたしは思うんですけどねえ? あの吹雪飛竜がここいらへんを飛んでるというのは、やっぱりなにかおかしいですのよ? しかも、あれからまるっきり消えてしまうなんて、よけいにおかしい。これはやっぱり、敵のバグルスがわたしたちに気づかれないよう、あえて竜たちを隠しているんじゃないですか? つまり、意外に敵の数が多いのかも……」
ズバリの読みだったが、スティッキィは最後まで聞いていられないと話を遮る。
「カンナちゃん、どうするのお? そろそろ折り返し地点だけど」
しかし、メランカーナは遮られてもいっこうに気にしない。それどころか、カンナが物を云う前に口をはさんだ。しかも、初めからスティッキィがカンナではなくメランカーナへ話しかけたかのごとく、さも当然のような自然さで。
「竜の群れを発見したとして、報告にもどりますでしょう? 無事に戻るためには、あまり派手な戦いはできません。発見できなかったらそれはそれで問題でしょう? なぜって、こっちはもう向こうに発見されてるのですから! つまり、ここが判断のしどころです。もう少し行ってみるか、それともここで引き返すか。わたしは、吹雪飛竜がいただけでも、報告する価値があるとおもいますけども」
そして、メランカーナはピタリと口を閉じた。驚いて、四人がメランカーナをみつめた。そして、次はメランカーナを含めた四人がカンナを見た。
「え、ええと」
正直、まったく判断がつかぬ。
ここで戻っていれば、事態はまるで異なっていただろう。
だが、カンナは、こう断言した。
「もう少し、行きましょう。あの、大きな岩のところまで……あそこの上に登ったら、山麓の奥が見えると思う」
それは直感だった。ただ、本当にちょうどよい位置に、木々の合間より高く突き出た黒く大きな岩山があったので、あの頂上からトローメラ山麓を見渡せば、稜線の陰に隠れている竜も見ることができるかもしれない。四人は納得し、さっそく向かう。急な坂になっているところや、クレバス状になっている谷を何度も迂回し、またはクシュフォーネのガリアを使って踏破して、その日の夕刻には岩山の近くまで到達する。
いざ来てみると、意外に大きい。五人は無言で、濃い灰色に雪がつもり、まばらに冬枯れの木が生えている巨大な玄武岩の塊を仰ぎ見た。ほぼ垂直にそそり立っていて、高さは、五百キュルトはあるだろう。カンナは、パーキャス諸島で出会った巨大な大海坊主竜を思い出して、いまにも動き出すような錯覚に襲われた。これを登るのは専門技術が必要で、一般人には至難に思えた。
しかし、彼女たちはガリア遣いの集まりであった。
「さっそく、行ってみようか?」
ベッカが銀麗流帯剣を出した。銀色の流体である剣身を鞭のように使い、岩山を行く。またクシュフォーネも、草花自在木実を駆使して昇降が可能だ。
「今のぼっても、暗くならなあい? 明日の朝いちで行ってもらってえ、もし竜の群れを発見したらすぐさま戻らないとお」
確かに、トローメラの向こうに日が降りかけており、岩山の日陰はもう真っ暗だった。スティッキィの提案どおり、一同は雪濠を作り、無味乾燥な糧食で食事をとると、早々に休んだ。メランカーナですら、あまり口をきかなかった。もし竜の大群がいればと思うと緊張もするだろうし、強行軍で戻る必要もある。それに、正直、彼女も雪中森林行軍で疲れてきたようだ。
翌朝、全員が起きてめいめい糧食を取り、湯を沸かして洗面もすると、いよいよベッカとクシュフォーネがそれぞれのガリアを使って岩山を登った。ベッカの銀麗流帯剣は水銀めいた流体金属が剣の柄より出て自在に形を変え、鞭状の金属線や、硬質化して実際の剣のようにもなり、その中間形態の刃のついた金属リボンのようにもなるというもので、今は先端のみを鉤状にし、それを岩肌へ投げつけるようにして打ち付けるや、一気に流体を操り身体を引っ張り上げる。完全に垂直や、反り返っている部分はさすがに難しいが、身を支えるでっぱりさえあれば、どんどん登ってゆくのだった。




