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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第4部「薄氷の守護者」
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第2章 5-4 絶望、そして

 一人殺され、残る七人の大隊本部要員が白い息を吐いてガリアを構え、円になってクラリアを護る。不気味な静寂が場を覆った。雪を少しでも踏む音すら聞き逃さない。全神経を耳へ集中した。雪花竜と、あの兎の吸血竜もいるかもしれない。小さいだけに、足元まで迫っているかもしれない。巨大な竜も恐怖だが、これも恐怖だった。まさか暗殺される恐怖が、これほどまでとは。


 (生き残ったら、もう暗殺から足を洗う……だから……竜を倒させてくれ……)

 クラリアは、そうとさえ思った。


 そこへ、完全に音も気配もなく、一人が闇へひっさらわれる。血が隣の者へ飛びかかった。ランタンを向けると雪花竜が的確に咽喉(のど)()みついている。


 「やろう!」


 ある意味集中が途切れる。いっせいにそちらを向いてガリアを構えると、一番後ろにいた一人へ闇より出現した何匹もの兎小竜が群がった。


 「わああえええ!」

 全身を咬みつかれて悲鳴を上げる。


 さらに、野太い唸り声と濃密な気配に振り返ると、闇の中にぼおっと浮かび上がる巨体があった。雪花竜より珍しい、長く太い腕が特徴の、大腕熊竜(おおうでぐまりゅう)が二本足で立っている。まさに、かつて存在した洞穴熊めいて、長い胴と腕のほかは、足も首も鼻面も短い。全身を灰色の毛におおわれ、鱗も見えない。短い角と長い尾が、かろうじて竜だと思わせている。


 その五十キュルトはある、家の二階にも届きそうな巨体が、彫像のように立ちすくんでいた。太く長い、三十キュルトはある腕の先には、凶悪的なまでの爪があった。爪だけ、氷河竜のようだった。


 (こいつぁ……)


 絶望がクラリアの心を満たした。自分などはいつ死んでも良かったが、自分の拙い差配のせいで、部下というか仲間が成す術なく死んでゆくのが嫌だった。耐えられない。


 「こいつめ!」


 副官格が、鋸刃の自動で動く草刈り鎌のガリアを振り上げて大熊へ向かったが、一撃で上半身を引き裂かれて転がった。その巨体ににあわず、目にもとまらなかった。一同、声も無い。気がつけば、兎どもに襲われた一人も、とっくに絶命している。最初に襲われた一人の、雪花竜に食われるバリバリという音だけが響いた。


 クラリアは、さすがに身体のどこかに絶望という穴が開き、すべての気力が抜け出るような感覚に襲われた。


 (む……!!)


 突如として、クラリアは違う恐怖に襲われた。ガリアが。右手に握っているはずの、透明サーベルのガリア「透過風園流星刀(とうかふうえんりゅうせいとう)」が、消えた。出ない。ガリアが、出ない。


 (なんこった……くそ……くそっ……あたいのガリアは……あたいの心は……こんなに脆かったのかい……!)


 表情は微塵も動揺せず、周囲はそんな豪胆なクラリアを頼りに思っていたが、当のクラリア本人が最も絶望しているのだった。透明なガリアなので、消えたことも分からないのが救いか。


 「クラリアさん、雪花竜がいない……!」


 誰かが叫んだ。首がほぼもげ、胸のあたりが真っ赤に食い荒らされたフルトが無残に雪上へ転がっているのみだ。


 みなが動揺し、恐怖する。慌てて周囲へランタンをかざすも、どうしようもない。同時に大熊の唸り声がして、一同はすくんで動けなくなった。


 大熊竜は、微塵も動かない。雪花竜はどこだ。次の得物を探しているのだろうか。また闇からあの巨大な爪が現れて、誰かが死ぬ。いっそ自分であってほしい。クラリアはそう思うのがやっとだった。


 その時だった。


 みな、まぶしさに目を細めた。忽然と昼間になった。いや、それ以上だ。闇に慣れてたので、目が痛いほどにまぶしい。


 大熊が吠えた。


 その上顎から上がふっとばされ、さらに光の塊が続々とその巨体へ突き刺さる。右腕が切断されて落ちた。血を吹き出して、大腕熊竜がその場へ崩れた。


 さらに光が出現した。光源の正体は、まばゆく光を放つ三つの輪だった。それが水平に宙へ浮かび、微妙に角度をつけて雪面を照らしつける。するとなんと! 雪花竜が雪の中へ浮かび上がって、三方へ影を伸ばして唸っている。


 「あ……!」


 みな、驚愕して声を詰まらせた。もう、クラリアが躍りかかる。ガリアが復活し、ふだんは眼に見えないガリアも光を反射し、くっきりとその長刀の姿が見えた。


 流星が飛んだ。


 ギシャア! と、竜が威嚇したが、その顔面を真っ向から二つに割って、返す刀でクラリア、倒れかかる竜の手首をふっ飛ばした。


 「や、やったっ……!」


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