第2章 2-5 激昂
ヤームイの攻撃は、ことごとく素早く攻撃と退避を繰り返す駆逐竜にかわされた。二頭の駆逐竜は歴戦の魔狼のごとくバスク達を翻弄して地面を駆ける。
「ィイイヤアア!」
ヤームイが妹の仇と、次第に森へ遠ざかる竜を追って攻撃の手をゆるめない。しかし、アートと距離が空く。
「おい、誘ってるぞ、俺から離れるなって!」
アートがヤームイを呼び戻すが、奮戦するヤームイに聴こえていない。そこへ、
「……アート!!」
今までどこにいたのか、三頭めがゆっくりとアートとカンナの前に現れた。ガリアに反応し、首を小刻みに動かして角で距離を測っている。そして絶妙にヤームイとアートの間に入って、戦力を分断させる。
「こいつら、ウスノロの主戦竜とまるでちがうぞ……まさに、俺たちを専門に狩る竜だ」
アートは唾を飲んだ。そんな竜まで登場するとは。
「カンナ、俺のガリアはご覧の通り、防御に特化してトドメには向かない。次の退治から連携を試そうと思っていたが……いまもう、やるしかないぞ。俺が防いでいる間に、あんたがトドメをさしてくれ!」
「ふぇゃっ……」
カンナは震えが来た。想定外のことばかりおきる。
「クィーカ、ヤームイを呼び戻せ、ガリアを消して戻って来いと伝えろ!」
クィーカは、素早くガリアである音の玉へ何かを語りかけた。ヤームイの耳元で、アートの声がしたはずだ。ヤームイは森へ誘い込まれる寸前で、大きな杉の木の根元へハルバードを叩きつけ、爆発でそれを打ち倒し、竜たちを牽制すると、アートの助言通りガリアを消して戻ってきた。
戻ってきて、三頭めの駆逐竜に驚いたが、ガリアは出さなかった。それが幸いし、駆逐竜はふいとヤームイのほうを向いたが、すぐに無視してアートたちへ身構えた。アートはそれを油断なく観察していた。
「こいつは、思わぬ収穫だ。駆逐竜の対処方法が分かったぞ。勇気がいるがな……」
つまり、できるだけガリアを出さないで戦う。そんな事ができるのかどうか、これから実践しなくてはならない。
「俺が囮になる。カンナとヤームイは、隙をついて、攻撃の瞬間だけガリアを出して戦ってくれ」
無理だろう、それは……! カンナは顔をしかめた。
しかしヤームイが雑務用の短剣を構えて、果敢にも走り込んで駆逐竜の背後に迫った。だが、実際の鋼の武器では、竜の鱗にはまるで通用しない。吠えられ、あわてて下がった。
「おおりゃあ!」
その隙に、アートが無敵手甲の力を最大限にし、虹色の障壁を広げて駆逐竜へ掴みかかった。凄まじい力で押さえつけられ、竜が息を吐きながら地面へ押しつけられる。
「いまだ!」
だが、ヤームイはガリアを出さない。愕然とし、竜をみつめている。
「カンナ!」
「は、はいィ!」
またも修羅場! カンナは涙目で黒剣を出し、その硬質な鱗に覆われた駆逐竜の背中へ渾身の力で突きたてた。ガリアの力が鱗を裂き、ずぶり、と剣が竜の肉体に埋まる。駆逐竜が断末魔の声を発し、暴れに暴れたが、なんとアートの無敵手甲はそれを完璧に押さえ込んだ。
「もっとトドメだ!」
カンナは雷撃の力を念じた。が、パシッ、パシッと微弱な電流が剣を通じてカンナに感じられただけだった。強靱な竜の心臓を止めるには、まるで話にならない。
「……う、う、う……」
再び、カンナの想いだけが空回りする。竜を倒すという想いだけが。
「うあああああ、なんで、なんでうまくいかないいいィ!!」
アートもクィーカもびっくりして、カンナの激変をみつめた。カンナは血走った眼をむいて、身動きできない竜の肉体へ、黒剣を何度も何度も突きたてた。
「竜は倒す!! 全部倒す!! 竜は……全部殺す!! 殺してやる!!」
駆逐竜が動かなくなると、カンナは息をつき、黒剣を抜いた。竜の血が滴る。カンナはそれを振り上げ、別人めいて獲物を求めて歩きだした。
「……おいっ、カンナ、どこに行く!? おい、一人で行くな! ……クィーカ!」
クィーカが音の玉を出した。この玉の発する声は、単なる声色や腹話術ではない。ガリアの力で、聴く相手が必ず耳を貸す。
「カンナ、落ち着け、戻ってこい!!」
カンナがびくりと身体を震わせた。誰の声で聴こえたのだろう。頭を抱えて立ち止まり、息をついてうずくまった。すると、残る二頭が森から戻ってきた。一目散にカンナのガリアめがけて走る。アートも走った。
「おらあッ!!」
障壁を飛ばす。寸でのところで、カンナの前に展開できた。二頭の駆逐竜が獰猛な食欲を壁越しにカンナへ見せつける。アートはカンナと竜の間に入り、さらに障壁を厚く張った。
「カンナ、二頭いっぺんには無理だぞ! どうする?」
カンナは黒剣を両手下段に構え、むしろ虚ろな眼で竜を見た。眼鏡越しに、竜を冷たく見つめる。




