第2章 4-1 怒髪天
「囮!?」
「あいつに釣られてこっちが動いたとたん、正面突破で来るね。間違いない」
そんなばかな、という感情が場を支配する。誰も口には出さなかったが。
「だからって……見殺しにするのかい!?」
アーボは、全身を覆う蒼天の鎧の下でやや黙然としていたが、
「それくらいは覚悟の上だろう。互いに。自分らの役目を忘れるんじゃないよ」
「アーボ、本気なのかい!?」
副官が、悲鳴にも似た悲愴的な声を出した。彼女は、チームで竜狩りをしていた仲間が第一大隊に多数配置されている。
「フーリエを信じな!」
アーボの一喝。その太くたくましい声に、一同が息をのむ。
「……もう、撤退してるだろうさ。トロンバーまでひきつければ、アーリーさんが出張るだろう……あれは、それほど相手だよ」
雪濠の中の第二大隊幹部連がざわめく。サラティスでコーヴも務めたアーボだ。スターラでの毛長竜狩りしか経験のない者より、その言は重い。
そのときだった。
偵察隊が犬ぞりを死に物狂いで走らせ、戻ってきた。二人ずつ五組出したが、一人だけ戻ってきた。顔を真っ赤にし、この寒さで汗だくで雪濠に転がるようにして入ってきた。蒸気めいて汗が冷気に立ちのぼる。倒れるように膝をつき、
「や……やられ……バグ……!」
そのとたん、首の後ろ辺が異様に盛り上がって、脊髄が後ろに飛び出るように爆発し、煮え立った血肉と熱せられた骨が雪を融かした。人間の生茹でされた臭いが充満して、たまらず何人かのフルトが口に手を当てて雪濠を飛び出し、吐いた。その偵察員はもちろん絶命した。
「……来るよ。陣を張りな」
アーボが重々しく云い放った。
第二大隊が慌ただしく動く。
兵数が同じとはいえ、第一大隊は陽動隊の側面があったが、第二大隊は本隊だ。十の小隊で、整然と並んだ楔形陣を敷いた。
「前進!!」
こちらも、旗と太鼓の音で指示が行き渡る。
アーボに対する、アーリーの「ほぼカルマ」という評には、ただ強いだけではないという意味も当然こめられている。すなわち、竜を倒すのだという気迫、気力、気概。これが純粋な強さに可能性の高さを加えている。世界を竜の侵攻より救う可能性であるから当たり前であった。コーヴ時代のアーボの可能性は、確かにほとんどカルマの、78だ。
ガリア「蒼天竜怒髪鎧」は、身体能力を数倍に引き上げる。楔陣の最先頭を、旗持ちを従え、アーボが街道の雪を踏みしめて進んでいる。雪原竜を含む北方主戦竜級の竜たちが続々と集結し、前線だけで数十はいるように見えた。
さしもの歴戦のフルト達もその異常な偉容に怖気づいたが、なにせ大隊の大将がその最先頭を肩で風を切って容赦なく微塵もなく進むものだから、ついてゆかざるを得ない。
じわじわと竜も歩速を上げ、フルト達も早足になる。
気分が高揚し、焦燥もあってなし崩し的に陣が崩壊する直前、アーボが竜の出鼻をくじくため、一気に飛び出た。
「……ヌアァアア!!」
怒髪天を衝く髪飾りを風になびかせ、アーボの身体が軋みを上げて大ジャンプ! ガリアの力により、竜の背丈をも超えて飛び上がると、空中で一回転し、錐もみしながら先頭の雪原竜へ蹴りを見舞った。踵より回転するドリル状の突起が飛び出て、それが竜の肩口へ命中すると、竜は悲鳴の代わりに断末魔の炎を吐いて、くの字にひしゃげて横倒しとなった。
着地し、続けざま、凍った地面を強力に蹴ってまたも跳びだすと、近くの二足歩行の恐鳥めいた凶氷竜に掴みかかり、両腕から鎌みたいなサーベルが突き出て、それをひっかけながら突進の勢いでぐるりと回転し、一撃でその長い首を落とす。




