第2章 2-4 駆逐竜
「大丈夫。ありがと。ねえ、クィーカはどんなガリアを?」
正確には、一体全体、どんなガリアだったら可能性が3という数字になるのか。
「ふご……正直、戦いにはぜーんぜんっ向いてないの」
そう云って、クィーカが手に納まるほどの鉄の玉を出した。カンナはクィーカの掌を覗き、これがクィーカのガリアだと分かった。これで、どのように戦うのか。この玉を自在に飛ばし、相手にぶつける、とか。
クィーカが玉を口に当て、何か話すしぐさをした。
「もしもし? わたしカンナよ、よろしくね」
突然、明後日の方向から自分の声がして、カンナは驚いて振り返った。とたん、地面に蹴躓いて倒れそうになる。メガネが豪快に鼻の下へずれた。クィーカが楽しそうに笑った。
「ふごふごふご……! これは、モノマネと腹話術です。音の玉って呼んでます。竜は……これでは死にません。ふごっ」
「そ、そうね……」
カンナは焦った。こんなガリアもあるのか。これでは確かに、可能性はあるだけマシというものだろう。
サラティスの周囲は果てしない荒野であり、田園地帯は少し街道を進んだ、離れた農村にある。最近はそこへも竜が現れ、被害は大きく、サラティスの食料事情に直結するため、バスクとセチュが交代で常駐している。慢性的なバスク不足なのは確かだった。
一昨日、バグルスを退治した方角とは正反対へ街道を外れて進んでいると、丘陵の向こうに森が見えた。杉と広葉樹が混在している。カンナは、森にトラウマを持ちはじめていた。あまり良い気がしない。五人は歩く速度を早め、かつ、慎重に森へ近づいた。やがて、灌木が周囲に現れ始める。森に到る前の開けた雑木林で、ヤームイが一行を止めた。
「見て……」
とある立ち木の下で、下草の中に身を横たえている竜がいる。しかし、一行の誰も見たことのない竜だった。
「あれが竜なのか……?」
アートが驚いた。大きさは長い尾も含めて四十キュルトほどで、むしろ小さい。シュッとした四つ足で、巨大な狼に見えた。しかし、全身を灰色や黒の鋭い刺と尖った鱗が覆っており、小さい三角形の精悍な顔には眼がない。そして、額に大きな一本角。翼も無かった。
見た瞬間、直感で、誰もがこれまで戦った相手と根本から異なる違和感と存在感を感じた。アートの声も緊張に満ちた。
「あれが駆逐竜か?」
「そうよ。一頭みたいだから、一気に倒しましょう。……いくよ!」
ヤーガとヤームイがガリアを出した。二人ともほぼ同じ形状のガリアだった。ヤームイが赤で、ヤーガが青だった。槍と斧を合わせた棹状武器、すなわちハルバードを両手に構え、交差する。とたん、見えていないはずの駆逐竜が反応した。角を二人へ向けて立ち上がる。
(……ガリアを感じているのか!?)
アートは、この眼の無い竜がどうしてバスクとセチュだけを襲うのか、分かった気がした。
「おまえら、待……」
瞬間、横の茂みから影が風となって現れた。もう一頭いた! その駆逐竜がカンナとクィーカを飛び越えてヤーガへ踊りかかった。悲鳴もなく、ヤーガは一撃で肩と肺ごと腕を食いちぎられた。
そいつはヤーガの残骸をくわえたまま下がり、入れ代わりで木の下にいた一頭が突進してきて残った身体をくわえ、元いた場所へ一足跳びで戻った。二頭は音を立ててヤーガを貪り食う。
妹を眼前で一瞬の内に食い殺され、ヤームイは硬直したまま息もできなかった。そこへ、たちまちヤーガを食い散らかした一頭が、口を血だらけにして襲いかかる。
「うらああああ!!」
アートがガリアを出現させる。両手に、白銀に輝く大きな手甲が顕れた。手甲からは虹色の光がほとばしり、空間に長方形の壁を作って駆逐竜の突進を完全に防いだ。
「これぞ、無敵手甲! なり!!」
さらに、アートが竜を押し退ける。
「カンナ、クィーカを下がらせてくれ! おい、ヤームイ、俺を楯にして攻撃しろ!」
我へ返り、気合の雄叫びを上げてヤームイのハルバードから陽炎が立つ。それを大降りにぶん回し、駆逐竜めがけて叩きつけた。竜は素早くそれを避けたが、地面へ斧が触れたとたんに爆発して地面を陥没させた。
「すごい……!」
爆風を腕で防いで、カンナもガリアを出す。
「クィーカ、あなたはここに!」
雷紋黒曜共鳴剣。カンナは剣と共鳴しようとした。が、今回もいまいち剣は鳴らない。そして、稲妻も静電気ていどだ。
「どうして!?」
わけが分からない。最初にバグルスを倒したときは、なんだったのだろう。偶然か。奇跡か。奇跡だったら、もう一度起きてほしい。
「カンナ、ボケッとするなよ!」
アートが虹色の壁を飛ばす。カンナの眼前でそれが弾け、迫っていた駆逐竜の突進を完全に防いだ。虹色の光が眩しく明滅する。カンナは恐怖で腰から下がった。
「ちょっと、アート、こいつら手強いよ!!」




