第2章 2-3 新たな竜
「悪いね、こんな仕事を頼んじゃって……」
「いいってことさ。誰かがやらないとな」
二人のコーヴは、アートほどではないが女性にしては二人とも大柄で、肩幅も広く腕が太かった。ダークブラウンの長い髪を一人はポニーテールに、一人はツインテールにまとめ、頬に赤でペイントをし、見たこともない鳥の羽の髪飾りをつけている。顔だちや雰囲気も似ており、姉妹だという。いや、双子だ。双子のバスクだ。歳は二十代の前半に見える。
総じて、バスクは若い。まず死亡率が高いし、生き残っても大抵は身体や精神を壊して、長くても十年ほどで引退を余儀なくされる。しかし、生き残っただけマシだし、手足を失うなどは当たり前の世界だった。
「わたしはヤームイ」
ポニーテールがアートやカンナ、そしてクィーカとも握手をした。
「わたしはヤーガ」
ツインテールが続く。声もそっくりだ。
「こっちがカンナ、こっちがクィーカ。クィーカは俺のセチュだが、カンナはモクスルの新人で、今日から俺といっしょに退治を」
「そうなの、よろしく。仲間がふえるのはいいことね。知ってのとおり、いまちょっと、バスクの数が足りなくて……」
そう、二人して両手を上げて肩を竦め、眉を下げて同じしぐさ、同じ表情をする。
「足りない? そうかな?」
「竜が増えてきてるでしょう? モクスル、コーヴとも、半分以上はサラティス領内の村々や街道筋に出張ったり、隊商の護衛で出張したり……中には、ストゥーリアやラズィンバーグまで行ってるバスクも。残りの半分のうち、また半分くらいは順番に休みをとってるし。動けるバスクは意外と少ないの」
「加えて……ま、続きは歩きながら説明するから、行きましょう」
二人とアートが歩きだし、クィーカも後に続いたので、カンナもその後ろを歩いた。
「ねえ、アート。あなた、気づいてる? 竜が増えてるといっても、ただ闇雲に増えてるんじゃない。バグルスもやたらと現れてカルマは大忙し。バグルスに率いられて、明らかに竜が組織的に侵攻してきている……」
「竜が組織的とは、尋常じゃないな。しかし、そんなことが本当にあり得るか?」
アートが笑いながら答えた。
「分からないけど……カルマのアーリーはそう云ってたわ」
アーリーの名前が出て、カンナは胃が口から出てきそうになった。
「アーリーねえ。あのバスクの生き字引みたいな人がそう云うんじゃ、そうなのかもな。しかし、俺みたいな下っぱバスクにゃ、関係ない話だ」
それがたいていのバスクの本音だろう、とカンナは思った。あんなバグルスなんかと、誰が好きこのんで戦うだろう。
「ところで今日の相手はなんだ? 主戦竜か?」
ヤーガとヤームイが顔を見合わせた。
「さっきの話に戻るのだけど、アート、最近、バスクを専門に襲う竜が出てきているのは知ってる?」
アートが軽く吹き出した。
「知らないよ、そんなの。竜なんだから、バスクだろうとなんだろうと人を襲うだろう」
「ところが、隊商を襲っても護衛のバスクだけ殺す竜がいるの。都市政府では、駆逐竜と分類した。対バスク駆逐竜」
「……へえ……」
さしものアートも、声の調子が少し変わった。
「そんなやつが、ねえ……」
「政府の斥候がそいつを一頭、見つけて、退治の依頼を。だけど、得体のしれない竜の退治に、誰も補助に来なくて……」
「傷ついたわあ。わたしたちの信用って、そんなもんだったのかと」
二人があからさまに肩を落として嘆いた。アートがその二人の合間に入って、二人の肩を抱き寄せる。
「大丈夫だって! 荷の重い退治の補助は、防壁の手練、このアートにおまかせ!」
「防御だけはカルマ並って、聴いてるわよ! 期待してるから!」
三人が笑う。クィーカも嬉しそうにその三人の後ろ姿をみつめていた。
カンナは、しかし、何か違和感があって笑えなかった。すぐに分かった。ずいぶんと和気あいあいとしている。コーヴは、たしか千人程もいるサラティスのバスクとセチュを合わせたガリア遣いの中で、五十人程だとマレッティが云っていた。カルマほどではないが、バスクのエリートである。そのわりに、モクスルでも下の方のアートに対し、何のわだかまりもない。仲間意識のある気さくな雰囲気を強く感じる。やはり、カルマだけが色々と特別なのだろう。
(わたしも、こっちがいいなあ……)
正直にカンナはそう思った。
しかし……そうは云っても、もしかしたらこの退治で呆気なく死んでしまうかもしれないというのに、この明るさはなんなのだろう。それも、違和感としてカンナは心にひっかかった。刹那的なのか。諦観なのか。それとも死生観が違うのか。
(バスクって、良く分からない……)
「カンナ、大丈夫? 疲れてる? ふご……」
塞いでいると、クィーカが話しかけてきてくれた。




