第1章 2-4 竜肉
さすが食肉解体ナイフのガリア遣い。大きな竜を、瞬く間にバラして内臓を分けて犬に与え、利用できそうな部位の肉を切り出して雪原に放置し冷凍した。また、臓物のなかでも肝は別にして犬にあたえず、一緒に凍らせる。経験則で、この時期は獲物の肝からビタミンDを摂取する。
この寒さだ。湯気を立てていた肉は、半刻(約一時間)も待たずに石みたいになった。ライバが嬉しそうにソリの中の荷物から食料を入れた革袋を出し、その新しい肉を詰める。入りきらないほど詰まったが、余りはかまわず紐で生首と一緒にソリの脇へくくりつけた。
「ちょっと味見」
トロンバー人のエサペカは生肉がごちそうなので、ガリアではない、雑事用の小型ナイフを出すと骨にへばりついた肉を削ぎ落として口へ運んだ。カンナは容赦なく顔をしかめた。
「うまい?」
「……まあ、竜の味だよ。毛長竜のほうがうまいや」
エサペカは噛みきれない筋をペッと吐き出した。
暗くなってきたので、骨と皮になった雪花竜を残し、一行は出発した。やや時間をとった。急ぎ、拠点とする林まで行きたい。
カンナは、早い夕暮れに竜の死体へ無数のカラスが集まっているのを、茫然と振り返った。
そのまま一刻もしないうちに、当初の目標だった林の隅に着いたが、すっかり暗くなった。ランタンを出し火をつけたが、曇ってきたようで、ほとんど闇に近い。マレッティがいたならば、そのガリア「円舞光輪剣」の明かりで照らしてくれるのだろうが。
しかたなく、カンナが雷紋黒曜共鳴剣を出す。さきほど、雪花竜を一撃で刺し貫いた、漆黒に黄金線模様の両手持剣だ。陽光にかざすと、漆黒は半透明にもなる。いまは、電光でぼんやりと光り、明かり代わりになった。
「充分です、カンナさん」
雪濠づくりはエサペカの仕事だった。ライバもその技術は習得しており、スターラからトロンバーへ向かう時に重宝した。大きな金物のスコップを用い、たちまち雪塊でテント代わりの雪濠を作ってしまう。が、エサペカはガリアを遣う。エサペカのガリアは、モップの柄のような、長さ十二キュルト弱の、白樫の丸い棒だった。銘を「無垢白樫波動杖」という。その通り、両端より自在に波動を出す。一瞬の凶悪的な衝撃波として竜や人を昏倒させるし、うまく遣えば、流体や砂状のものを器用に操ることができた。
いま、その杖を振りかざし、エサペカはまるで雪を直接操っているかのように、見る間にちょっとした小山みたいな高さまで積み上げて、それを硬く叩きしめると、最後に一気に突きを見舞う。すると小山の中で波動が螺旋に動いて天井に抜け、空気穴より中身が噴水めいて飛び出た。きれいに中がくりぬかれ、半地下の雪濠が掘りあがった。たちまちの出来事で、カンナは感心した。
「さ、どうぞ、カンナさん」
エサペカが、真っ先にカンナを案内する。カンナは恐る恐る雪濠の中へ入った。三人とも中に入って、ライバがランタンを出し、火石で点火する。冬期野外用の簡易竃セットを用意して、固形燃料と芝をくべて暖をとった。小鍋に雪を融かして湯を沸かし、木の小さなカップを三つ出して、まずは三人で白湯を飲む。
「あったかい……」
カンナは生き返った心もちだった。
「ところでこれ、火で崩れない?」
同時に、竃とランタンの明かりでほの白い雪の天井を見上げる。
「このくらいの火では、何の問題もないですよ」
「そうなんだ」
カンナは不思議だった。
「食事にしましょう」
ライバがそう云って、ソリから毛長竜の冷凍肉を一塊と、先程の雪花竜の肝の一部、焼しめたビスケット状の乾パンを持ってきた。カンナは少し嫌な予感がしたが、ライバも生肉は嫌いらしく、ガリアのブッチャーナイフで易々と凍った肉塊と肝を三等分し、二つを鍋で茹で始めた。エサペカのみがナイフで削りながら、そのまま口にする。肝まで凍らせたまま生で食べているので、カンナはそれこそ度肝を抜かれた。鍋は岩塩を入れて、時間をかけて茹で上げ、エサペカが肉を食べ終えるころ、竜肉の塩茹でができる。茹で汁はスープとして飲む。
「うーん……」
正直に云うまでもなく、まずい!
独特の金属臭と泥臭さが混じったような強烈な臭いが、そもそも食べ物の臭いではなくうけつけない。肝は、肉の数倍はその臭いがした。岩塩も貴重なためか量が少なめで塩味が薄く、薄いうえに苦く渋い。肉がそうなのだから、茹で汁もまるで泥水だ。にがしぶしょっぱくさいというか。
しかも、異様に硬い。くたくたにするまで煮こむには、燃料も時間もないのだからしょうがない。




