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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第3部「北都の暗殺者」
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エピローグ 吹雪の中の孤独

 「入りますよ?」

 「ち、ちょっと待って……待ちなさい!」


 がらがらと音がして、何かを急いで片づけているような雰囲気が感じられた。やがて、


 「入りなさい」

 と声がしたので、

 「ボルトニヤン、入ります」


 バグルス・ボルトニヤンが薄い氷の幕へ手をつけると、幕が融けて水となり、入り口が開いた。中は外の明りが氷の天井から入ってきて、かなり明るかった。中央に謁見用の椅子があって、ホルポスが座っていた。


 部屋は冷えていたが、小さな暖炉があって火があった。人間が住めるような環境ではないが、氷のダールにはちょうどよいのだろう。使者がふと目を向けると、部屋の隅におもちゃのような人形めいたものが山積みになっている。あわてて、片づけたのだろうか。


 「で? そいつがデリナの使者? 人間じゃない。よくここまで来れたわね」

 毛皮のフードをとり、使者は丁寧に礼をした。

 なんと、それはライバであった。


 ホルポスを見て、デリナに似ている、とライバは思った。雪のような真っ白い肌に、白竜というから髪も真っ白だと思いこんでいたが、意外にも真っ黒だった。目が北方の泉のように薄く蒼い。それもデリナと同じだ。直毛の長い黒髪を、尻の下あたりまで伸ばしている。椅子に座っているので、それを横へ流し、肘掛けに垂らしていた。ワンピースのような、萌葱(もえぎ)色に染色された絹のゆったりとした部屋着を着ている。気の強そうな一重のつり眼の顔だちだが、どこか寂しそうな、気を張って強がっている印象も受ける。


 「デリナはなんて?」


 「はい。デリナ様におかれましては、増援を向かわせますので、あと半年ほどスターラ侵攻はお待ちくださいますようにと」


 「増援なんていらないから。アーリーがスターラに入ったんでしょ? 待ってたら、防護体制をとと、と、とのののえちゃうんじゃない? ちがう……整えちゃうんじゃない?」


 無理をしている……ライバは素直にそう思った。武張(ぶば)っているが、緊張しているのだ。急に、ダールを継ぐことになったとデリナより聞いている。


 「アーリーは攻めを司り、ホルポス様は護りを。アーリーが攻め、ホルポス様が護られますと、膠着状態になりましょう。そこで、デリナ様が援軍を送り、側面より攻撃して拮抗を崩すのが策です。従いまして、アーリーに攻めさせるのです。そこが我慢のしどころです」


 「それまで待ってろって?」

 ホルポスの甲高い声が響く。


 「なによ、さんざんこっちを口説いておいて、いざ攻めようとすると待ってろなんて、デリナはやっぱり考えすぎておかしいんじゃないの? せっかく冬になったのに。半年も待ってたら、夏になっちゃうじゃない!」


 「待つのも攻めです」

 「なに云ってるのか、ぜんっぜんわかんない」


 そりゃ子供にはわからないだろう……デリナはそこも見越して動いているはずだ。伝えることを伝えるだけが仕事なので、ライバはそれ以上は何も云わなかった。


 「なんだっけ……お母さまの本に書いてた……策士、策とー~おぼれる、だっけ……。それなんじゃないの? こっちはこっちでちゃんとやるから。デリナはサラティス攻めに失敗してるんだから。自分のことだけ考えなさいって伝えて」


 「はい……」


 ライバは礼をして、下がった。見送りにボルトニヤンも出てゆく。やがて、ライバを見送ったボルトニヤンが戻ってきた。


 「よろしいのですか……? せっかくデリナ様が」


 「いいのよ。こっちは本気じゃないんだから。ガラネルからも手紙がきてるんだから。アーリー達にやられた、なんとかっていう青竜のダールを助けたんだって。デリナなんか嫌い。いっつもにやにやして……人をバカにしてるんだから。それより、緑竜と黄竜のいどころは、噂ぐらいはつかんだの?」


 「それが……黄竜は、こちら側のどこかにいるようですが、緑竜のダールは、やはりあちら側にいるようです。ラズィンバーグのあたりにいるという話もありますが、そこからウガマールに行ったという話も」


 「まさか……ウガマールにつかまってるんじゃないでしょうね!? あいつら、千年以上もまえに、あっちの竜皇神様をぜんぶ滅ぼしたんでしょう?」


 「そう、聞き及んでおります」


 「そんなすごい古代の神官たちの生き残りにつかまってたら……緑竜は雷竜……なんとかっていうバスクスは、雷を操るっていうじゃない」


 「まさか……とは思いますが」

 「調べるのよ」

 「はい、ホルポス様」


 ボルトニヤンは礼をして、部屋を出た。ボルトニヤンが再びその入り口へ手を当てると、みるみる薄い幕氷が張って、氷のカーテンとなった。


 「……あーあ」


 再び一人となったホルポスは、大きく息をついた。椅子の上で天井を見上げて、そのきらきらと輝く間接光を見つめた。それがにわかに暗くなった。雪雲が強風で流れてきたのだ。そして、みる間に吹雪となった。


 「なんで、お母さまは死んじゃったんだろう」

 疲れきった顔で、ホルポスはつぶやいた。

 暖炉の小さな火が、パチンと爆ぜた。

 吹雪の、氷を叩く音が聴こえる。



 第3部「北都の暗殺者」 了



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