第3章 6-2 とりもどされる愛憎
脱衣場は夏みたいに暑く、マレッティは汗をぬぐって、厚着の衣服を脱ぎだした。脱ぎながら、
「そのかわり……あたしはここでアーリーやカンナちゃんと……住むから。支配人にそう云われたから」
「うっそよお!」
「うそじゃないわよお」
「いやよお。せっかく……」
「お風呂のない部屋なんかに住めますかってえの! くさいのよお」
「くさくなんかないわよお!」
「鼻がバカになってるのよお」
「うそ云いなさあい」
「いいわよ、もう。衛生観念のない子はあっち行って!」
全裸のマレッティが犬でも追い払うかのように、手を振る。スティッキィはカチンときて、服を脱ぎだした。
「あら、無理しなくてもいいのよお?」
「無理なんかしてないわよお!」
そう云いつつ、スティッキィはとうぜんサラティス式風呂など生まれて初めてで、その蒸れた熱気に戸惑うばかりだ。マレッティは初めてカルマの風呂に入ったカンナを思い出し、可笑しかった。
「まず身体を洗ってねえ。頭も洗うのよお。ウガマールのオイルもあれば髪の手入れもできるんだけど……いまは贅沢は云えないし、まあいいわあ。あんた、全身を石鹸で洗ったことなんてないでしょお!?」
「なによ、えらそうに……あんただってここを出るまでなかったくせに」
「人は学んで成長するのよ」
そう云って、頭からちょうどよい湯をかけるも、
「アィッチィイ!」
スティッキィは子供みたいに湯から逃げた。大して熱くもないのだが、初めての経験で驚いたのだ。
「なあにすんのよお!」
「あっつくなんかないわよお!」
そこからは問答無用でマレッティは妹を揉み洗いした。
そして湯舟へ放りこむ。それも熱い! 慌てて出ようとするも、
「風呂では静かにしろ……」
瞑想状態のアーリーが低い声を発したので、スティッキィはびくついてそのまま湯へ身体を沈めた。
そのまま、茹でられているような気分だったスティッキィだったが、マレッティも髪と身体を洗って入ってくるころには、なんともいえない心地よさに恍惚としていた。
満足げにマレッティ、
「どお? いいもんでしょ?」
「……まあねえ……」
四人で、しばし真冬の風呂に心身を癒やす。外は、また吹雪いていた。月末になり、ますます気温は低くなっている。この天候では、工事は難しい。館の修復は、おそらく春までかかるだろう。
やがてマレッティ、のぼせてきたので上がろうとした。アーリーとカンナは、まだしばらく入っているだろう。スティッキィも、そのまま顔を真っ赤にして入っている。
「……ちょっとスティッキィ、まだ入ってるの?」
返事がない。
「スティッキィ、あたしはもう上がるわよ?」
スティッキィ、そのまま湯に沈んでしまった。マレッティが慌ててそれを助け起こす。
スティッキィは初めて入った湯で加減が分からず、完全に湯あたりして脱水症状も起こし、熱射病と虚血症状態で意識朦朧となって、死にかけた。
医者が呼ばれ、ちょっとした騒動になった。
ちなみに、二人だけのとき、マレッティにまた殺されそうになったと云いだして、スティッキィは二度と熱い風呂に入らなかった。
ただし、全身を石鹸で洗うのはよほど心地よかったとみえ、ぬるめに炊いた風呂には、よく入るようになった。
アーリー、カンナとは別に、マレッティとスティッキィは二人だけで、ここで失われた時間と感情を少しずつ取り戻した。その、愛憎の両方を。
そのようなわけで、アーリーとカンナはよく二人で風呂へ入るようになった。ただ、何を云うでもなく、いっしょにいるだけだった。しかもカンナは先に上がった。アーリーは瞑想しているのでいつも長い。
入るといっても、一緒に向かうわけではない。カンナが入っているとアーリーも入ってきたり、カンナが行くと既にアーリーがいたりというのがほとんどだった。その二人の合間にマレッティとスティッキィがいるものだから、風呂場はいつも稼働していた。専用の罐職人が雇われ、常に新しい湯を用意していた。だいたい午前中は湯船や罐の掃除にあてられ、午後からぬるめの湯が用意され、夜にかけて熱くなった。燃料の石炭は、そもそもガイアゲンが一手に引きうけていたから、ほぼ無尽蔵にあった。