第3章 5-2 意図せぬ幕切れ
ブーランジュウの残った左目が見開かれる。マレッティはフードをとり、いかにも不敵な笑みを雪の中に浮かべた。
「えらそうにごたく並べてたけど、案外弱かったわよ?」
ブーランジュウの発光器が、激怒と憤怒で光を取り戻す。最後の生命力を燃やして、マレッティへ感情の全てを叩きつけた。手負いの竜の恐ろしさは、マレッティも分かっている。まして高完成度のバグルス。挑発はするが、絶対に油断はしない。その角から、赤い光と共にガリア封じの効果場が溢れ出た。
その時には、闇を伝って、背後にスティッキィが忍び寄っていた。
すかさず、マレッティがガリア「円舞光輪剣」を出して、光で相手を照らす。まぶしげに顔をしかめて、ブーランジュウが身構え、角の赤い線模様が脈動を始める。目に見えないガリア封じの力場がマレッティへまとわりつき、ガリアの光が弱くなった。いま光輪を飛ばしても、動きが鈍いだろう。ギロアの時と同じだ。
しかしもう、スティッキィのガリア「死舞闇星剣」の闇が、じわっとブーランジュウを包囲した。
闇を見通す目をもってしても見えない闇に、ブーランジュウ、これがガリアだと分かり、気配に振り返ってガリアの闇を角で払った。とたんに闇は霧散し、本来の夜の闇が表れて、ブーランジュウの夜目に雪夜の情景が映る。
眼前に飛びこんできたのは、スティッキィの強力な回し蹴りだった。
「!?」
マレッティへブーランジュウの意識が向かっている隙にスティッキィ、闇へ紛れて素早く距離を詰め、身を沈めて体重を乗せ、その反動を強靭な脚力と金属バネめいたひざの屈伸と身の捻りの威力へ転嫁し、さらに蹴りつけた右足へ乗せて、振り返った瞬間のブーランジュウの角めがけて叩きつけた。
だがブーランジュウも無意識に身をよじって蹴りを避け、右手を振る。その鉄をも引き裂きかねない竜爪がスティッキィのフード付マントを裂き、その蹴りは角ではなく顎先へ命中した。
バギィ! と音がして、ブーランジュウの首が異様な方向へ曲がった。しかも蹴りの揺さぶりによる衝撃がまともに脳へ到達し、残る左目が白目をむき、膝から崩れ、雪の上に両手をついた。
角の光が消えかける。力場が弱まり、スティッキィの闇が復活した。
「もういっちょおお!」
細見剣では、角を折るのは苦しい。スティッキィ、なんと自らの右足先にガリアの闇を凝縮させ、暗黒の塊を形成すると、ハンマーめいた右足を片足立ちの大上段から踵落としに振りつけた!
それがまともに角へ命中! 鈍い音がして、今度こそブーランジュウの額の角は真ん中ほどより真っ二つになって、雪の中に消えた。
「……ギィイアアアア!!」
突如、狂ったように……いや、ブーランジュウが狂って、その場でのけぞってひっくり返り、雪を巻き上げてのたうち始めた。うねる長い尾より、青い液体が飛び散る。雪が煙を上げて蒸発した。
「毒よ、気をつけて!」
マレッティが叫んだ。あわててとどめを刺そうと光輪を出すが、スティッキィの闇星のほうが速い!
歯車状に回転する漆黒の星が鋭い牙をむけ、ブーランジュウの肉体へ次々に食いこんだ!!
ゴリゴリゴリ……! マレッティの光輪ほどの切れ味はないが、そのぶん、まるで円盤ノコギリだ。肉を引きちぎり、骨を削るその鈍い音。血が肉片と一緒にばらまかれ、ブーランジュウは暴れに暴れながら生きたまま解体され、ピクピクと動いている五体の破片を雪中にぶちまけた。
「なあんなのお、こいつ、マレッティ……」
スティッキィもフードをとった。まだ蠢くブーランジュウの肉片に、目もくれない。
「バグルスよ……かなり強い」
「弱いわよお」
「まともにやったら強いのよ。カンナちゃんが、虫の息寸前まで痛めつけてたから……」
「そうなのお?」
「ま、あたしたち二人でやってれば、こんなバグルス、どっちにしろ勝ってたけどねえ」
「そおよねえ」
「さむうい……急ぎましょ」
二人は再び闇の中を小走りに進んだ。
飢えた野良犬が、さっそく新鮮な肉片をむさぼりに集まり始めた。