第3章 4-2 苦戦
カンナめがけて、その額の大きな、赤い線の光る一本角よりゆっくりと力場を張ってゆく。ガリア封じの力場だ。
が、カンナ、もうその眼が一気に翡翠に光った。
バリバリバリ!! 稲妻が全身からほとばしる。ガガガガ!! ブーランジュウの肉体が振動と共鳴で揺れた。驚いて、思わず下がる。商会本部の建物全体が地震めいて揺れる。
「……ふううううう!!」
カンナの髪が逆立つ。デリナと対決したときのような、凄まじい力が溢れ出てきた。しかしここは地上だ。あのような、雷神めいた力を地上で発揮すれば、ここいら一帯は灰塵と帰してもおかしくはない。
「……こいつ……め……!」
ブーランジュウが血走った目と牙をむいた。
「私は完成度96、ダールにも匹敵する、究極のバグルスだぞ!」
全身の筋肉を膨張させる。
「私こそが完成体といってもおかしくはない、まがいものなどに負けてなるものか!!」
歯を食いしばり、ブーランジュウ、自らの周囲に力場を張りめぐらせ、カンナの攻撃を防ぎながら突進した! いくらカンナの力が常軌を逸しているとはいえ、しょせんはガリア。ガリアそのものを封じるこの力場であれば、少なくとも接近はできよう。近接の格闘戦ならば勝機もあるというもの!!
ズバシャアア! 周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら、稲妻の嵐がブーランジュウを襲う! だがブーランジュウの力場がそのガリアの力を押しのけて、まるで周囲に見えない壁があるようだった。カンナは思わず身構えた。ブーランジュウはたちまち間合いをつめ、カンナめがけてその竜爪の掌打を叩きこむ。今度はカンナの音圧が凝縮してその攻撃を防いだ。
右手が弾かれ、それどころか体勢まで崩れる。ガリア封じの力場がなければ、肩ごと腕が引きちぎれていたところだ。カンナの眼が翡翠に光った!
「うあああ!!」
球電をまとう黒剣が振りかざされた。これが炸裂したら、館のこの棟は、完全に基礎から崩れかねない。
館がどうなろうと知ったことではなかったが、自らを護るため、ブーランジュウの角が唸りをあげた。ガリア打ち消し効果場が、目に見えるかのごとく空気をゆがめる。横殴りに投げつけられた球電が、そのゆがみを直撃し、まるで削られたみたいにその形を変えた。が、ブーランジュウをもってしても、完全には消去できない。
三分の一ほど残った球電が眼前で炸裂して、ブーランジュウはのけ反って錐揉みしながら吹き飛ばされた。館が揺れ、さらに天井が崩れて直上階から家具類が落ちてくる。棟全体がひずみ、屋根が傾いた。
「……ぬ、う、うう……!!」
爆音の残滓が響く中、ブーランジュウがブルブルと震えながら、瓦礫の中より顔の右半分を押さえて立ちあがった。全身より煙が吹き上がっている。血走る左目でカンナをにらみつけながら、ゆっくりと右手を放すと、黒剣の電光に照らされて、臙脂色の竜の血がボタボタと落ちた。焼け焦げ、顔半分が裂けて肉をむいている。右目は破裂し、完全につぶれた。
「……こ、こ、こ、このガリア……この威力……私の効果場で……打ち消せないとは……」
ブーランジュウ、ここにきてカンナの常軌を逸した恐るべき力に戦慄する。
カンナは再び眼が光りだした。瓦礫がガタガタと揺れるほどの振動が、壁をびりびりとゆるがす重低音が、耳をつんざく高音が同時にカンナより迫る。ガリアの音だ。泉がごとく無尽蔵に溢れ出る稲妻は、この音響の副産物にすぎない!
「くうううああああ!!」
ブーランジュウは特攻めいて、あたりかまわず震電をふりまき、空気が圧搾破裂する音を出し続けるカンナめがけて、悲壮なほど必死の形相でとびかかった。カンナも、咄嗟に黒剣を振りかざして迎撃する。
が、ブーランジュウめ、もはや逃げに入っていた。カンナの背後に大穴を空けて……いや、ほぼ崩れている壁へ向かって突進していた。大ジャンプでカンナを飛び越えて黒剣をかわし、そのまま雪の降りしきる庭へ転がる。
「……ぐ……!!」
ブーランジュウ、着地した姿勢で硬直した。外はすでに、足首の上ほどまでに雪が積もっていた。顔から滴り落ちる鮮血が雪を融かした。また、いまカンナを飛び越えた際に、剣は届かなかったが電撃が彼女を襲い、その左脇腹を焼き焦がしていた。左半身を襲う、痛みを超えた痺れと衝撃で動けない。
だが動かないと死ぬ。
カンナが、黒剣を片手下段にし、体を斜に構えて、翡翠に輝く丸眼鏡でブーランジュウを凝視している。この究極のバグルスは、完全にカンナへ恐怖した。
カンナが口をゆっくりと開けた。その喉の奥より、共鳴が声となってほとばしり出る。