第3章 3-5 仇討ち
マレッティの頭上に、光輪が次々と現れ、煌々とバーケンを照らしつけた。
次に、右足の膝が削られる。転がったところで、次が左の耳だ。次は、左足の爪先が削られた。それから左手を押さえる右手首が落ちた。そこから、連続して右足が文字通り寸刻みに脛まで輪切りにされる。それから左腕がズタズタに引き裂かれた。そして鼻、右耳。
「……!! ………!!」
目も真一文字に切り潰され、四肢をキャベツみたいに千切りに刻まれ、生きたまま無数の致命傷にならない切り傷を胴体じゅうにつけられ、もう痙攣して血の泡を吹き、うなり声しか発しなくなったので、マレッティは嬲るのに厭き、一息に何十という光輪を叩きこんで畑の肥やしみたいな、肉片にしてしまった。
その肉片と血溜まりに唾を吐きかけ、マレッティはスティッキィを見た。炎の壁遣いは、スティッキィの闇にじわじわと浸食されている。マレッティの光のように一気呵成ではないスティッキィの心の闇。炎の塊を楯として操るガリア遣いのその炎を、一つずつ暗黒が呑みこんでゆく。
「……う……う、うわああああ!!」
ついに視界が夜の闇より暗くなって、ガリア遣いの全身に何十という大小の闇星が突き刺さった。ばったりと、ガリア遣いが倒れた。
二人は何の言葉も無かった。ただ、無言で、その場をすみやかに後にした。
「あーあ、寒い寒い寒い! お風呂はいりたあい! ちょっと、お風呂よ、お風呂なんとかならないわけえ!?」
部屋へ戻って、スティッキィが消えかけていた暖炉へ薪をくべた。火が復活するが、マレッティはとにかく湯に浸かりたかった。我慢ならない。寒いのもあるが、なにより昂った精神と血の気を湯に浸かることで鎮静させたいのだ。それこそ、サラティスの竜退治屋が風呂をこよなく愛する理由だった。
「サラティスへ住むと、みんなそんなにお湯が大好きになるのお?」
「あんたもなるわよお!」
「いちおう、浴室と、浴槽っぽいのはあるんだけどねえ」
「早く云いなさいよお」
驚いて、マレッティがそうだという奥の部屋を確認した。暗くかびくさい。ガリアの明かりを照らすと、クモの巣とネズミの糞、それに使われていない雑貨類が折り重なっており、まるで物置だった。
なによりボイラー、つまり湯沸かし設備が無い。暖炉の上の調理台へ鍋をかけ、湯を沸かしてそれを少しずつ運んで移すしかないのだ。
「だめだこりゃ」
マレッティは天井を仰いだ。そんなことをしていたら風邪を引く。この時期に風邪は肺炎を起こして、死に直結しかねない。
「あー、そうだ、ガイアゲンの本部へ行けば、大きな浴室があるかもお。あそこは大昔の貴族の館だったし、大きなサラティス式風呂があるって聴いてるわあ。いまでも使われてるのかどうかは知らないけど……」
「それを早く云いなさいよお!」
マレッティがでかける用意をはじめた。
「いまから行くのお!?」
スティッキィが呆れた声を出す。
「せっかく火を入れたんだしい、ご飯作ってあげるわよお」
「ご飯より先にい、お! ふ! ろ!」
マレッティが眼を吊り上げる。スティッキィが肩をすくめて、また暖炉の火を落とす。夜も遅くなってきたが、ガイアゲンへ向かう。
二人は、ちょうどそのころ、ガイアゲン商会の本部はメストの襲撃を受け、アーリーとカンナによる迎撃の炎雷で、とんでもないことになっているとは、知る由も無い。
4
マレッティたちがグラントローメラ本部を強襲しているころ、ガイアゲン本部も強襲されている。
アーリーによって放たれた火が室内へ回り始め、煙が充満しだしてきた。割れた窓より新鮮な空気が入り、一気に黒煙が立ちのぼる。カンナが咳きこんだ。
と。アーリー、斬竜剣を鈍角に思い切り振って、暗殺者たちを威嚇した。すると、部屋を舐めていた炎がすべて消えた。残るのは、斬竜剣の刃を這う炎だけ。
「ほお……」
闇が戻り、バグルス・ブーランジュウの真紅の発光器が再び浮かぶ。ブーランジュウはその姿をついに現した。にゅう、と抜け殻より出るように、アーリーに匹敵する体格が現れる。
ブーランジュウは、ガリア遣いへ寄生あるいは同化できるのだ!
アーリーに匹敵する体格が、どうしてこの小柄な女へ収まっていたのか!?