第3章 3-4 追撃、バーケン
油と光輪がついに正面からぶつかりあう。だが、殺気も精神力も憎しみも、全てがマレッティのほうが上回っていた。
「とぅあああ!」
細剣を振り回し、死角から光輪を滑りこませたマレッティ、油壷を持つ右手を切断した。
「ぎああっ……!!」
手を押さえ、背の小さい小柄なその女が横倒しに倒れるようにうずくまる。油も壺も消え、右手を掴み押さえて、歯を食いしばり、血走った眼でマレッティをにらみつけた。
マレッティは、醒めきった眼でそれを見下ろした。
「なによ……メストなら、こういう勝負はお手の物でしょお? そして自分が無様に負けたときのことも、当然想像し、覚悟しているはずだわ」
「とっとと殺しな……!!」
「殺すわよ」
醒めた眼が、ガリアを映して光る。
「……お望み通りにね!!」
マレッティ、大きな光輪を三つだし、そのままうずくまる油壷女めがけて斜めに叩きつける。女は三等分され、床に血煙と共に転がった。とたん、石となった部分が元に戻った。遣い手が滅すれば効果も元に戻る。そういうガリアだったのだ。
(助かった……)
マレッティは素直にそう思った。足が石のままでは、メストになったとたんに引退である。
それより、スティッキィを追わねば。
光輪を照明がわりに、室内を観察した。隣の部屋へ抜ける扉が開いている。壁に、星型の削傷というか、痕が残っていた。スティッキィだろう。迷うことなく、部屋の奥へ向かった。次の部屋にも誰もおらず、また扉が開いている。そこの壁にも星型の痕。また入る。すると、誰もいないし扉も無い少し小さな部屋になった。慎重に観察。しかし、どこにも何の痕跡も無かった。隠し通路か何かへ入ったと観るのが妥当だが、ガリアのちからで忽然と移動したのかもしれない。
と、窓の外より明かりが。
すかさず見ると、庭にアーリーのような炎が立ち上がっている。雪は止んでいた。それは残る護衛のガリア遣いだった。右腕の肩より手の甲までの板金の腕鎧のガリアで、四角い炎の固まりを自在に操っている。それがなかなかの遣い手で、思いのままに炎を操り、スティッキィの闇星が炎に照らされ、次々とお互いに打ち消しあっていた。バーケン直衛である、炎の楯のガリア遣いだ。
その隙に、バーケンと秘書、それに幹部の三人が、雪上に足跡をつけ、ほうほうの態で逃げてゆく。
「……逃いいがすかああ!!」
マレッティは直系六十キュルト(約六メートル)はあろう大きな光輪を出現させ、それを水平に飛ばして窓というか壁ごとぶち破ると、その光輪に掴まって滑空した。
振り返ってバーケン、悲鳴ともつかない乾いた声を発した。巨大な輪が光り輝いて降りてくる。
マレッティは一直線にバーケンめがけて飛んだ。
「…………ぁあああああ!」
マレッティとバーケンの声が重なって、やがてマレッティはバーケンにぶち当たって雪の上へ転がった。すぐに立ち上がって、まだ這いつくばるバーケンへ円舞光輪剣をつきつける。
「お……おま、おまえ、カルマの……どうして……だれに雇われ……」
「シュターク商会が娘、マレッティ!」
マレッティが狂気的に眼をむいて叫んだ。
「父さんと商会の仇、生きたまま寸刻みにしてやるわああ!!」
「シュタ……!?」
もう、その左手の指が光輪に切り飛ばされる!
「おああああ!!」
左手を押さえ、バーケンの悲鳴が闇に轟いた。
「おま、お待ちください、いくら、いくらで見逃して……」
バーケンをかばった壮年の秘書、問答無用で五体バラバラの八つ裂きにされた。真っ白な雪が、朱色に融けた。
バーケン側近の幹部は、一目散に逃げている。無理もない。バーケンが死ねば、自分が大番頭になれるチャンスもあるのだから。
「シュタッ……シュターク……商会ィィ……! まさかアア……!!」
バーケンがゆがみきった顔より声を絞り出す。
「そのまさかだコノヤロウ!!」
マレッティの顔も、これまでの全ての想いが現れ、憤怒と復讐心と狂気で、別人のごとくゆがんでいた。