第3章 3-2 探索
「そんなんで、暗殺なんてよくしようと思ったわねえ」
「行けばなんとかなるのよお」
「じゃ、スティッキィからどおぞお」
などと、フード姿のまま、暗闇の中で延々と云いあう。そのうち、寒くなってきた。
「ちょっと、ばかみたい。行くわよ!」
マレッティが、手の光度を上げる。スティッキィは眩しくて目を細めた。
走り出したマレッティを、スティッキィは絶妙に保った距離を維持して後を追った。雪中の蛍めいて、明かりが前を行く。もっともスティッキィはガリアのちからで、闇は苦にならない。
裏庭を通り抜け、松明のところにいる衛視を避けて、侵入できそうな場所を探す。降りしきる雪がうまく明かりを消している。暗殺には、うってつけだった。やがて重そうなドアの勝手口らしき出入口を発見した。マレッティ、ステッキィが見えないが、何も心配せずに無視して、光輪一閃、ドアの下半分を丸く切り取った。
すみやかにそこから侵入する。
建物内には、一定間隔で廊下へ燭台が置かれて、ぼんやりと明かりが灯っていた。これは、この規模のどんな建物でもそうだった。客などを迎える表の回廊と異なり、裏向きの通用廊下なので装飾もなく地味で寒かった。ひたひたと蝋燭に薄い影を並べて、二人は進んだ。見回りも誰もいない。
さて、バーケンはどこにいるか。
スティッキィがレブラッシュより得ている情報によると、グラントローメラはガイアゲンと同じく、本部建物から廊下続きで住居棟があり、大番頭以下の使用人が住んでいる。どうやら、その住居棟にうまく侵入したようだった。
あとはバーケンを探すだけだ。たいてい、地位の高い者は高い階に住んでいるが、それは分からない。
「だれか捕まえて吐かせるう?」
とある階段の下に来て、マレッティが小声。
「護衛がウヨウヨいるとおもうんだけどなあ」
「囮の可能性はあ?」
「メスト幹部なら、その可能性もあるかもねえ。うちの支配人みたいに……」
「支配人はどこで寝てるの?」
「少なくとも自分の寝室ではないわあ。隠し部屋かどっかだと思うけど」
「脱出用の隠し通路も考えないと」
「ちょっとお、なによマレッティ、サラティスで暗殺仕事してたのお? やけにくわしいじゃなあい!」
「ちょっと、声が大きい!」
マレッティは驚いて周囲へ気を配った。なにせ、護衛もガリア遣い、しかもメストの一員だろうから、どこからこちらを見ているか知れたものではない。
静寂がしばし続いたので、やや安堵し、二人はとにかく階段を上がった。
そのまま、まずは最上階の五階まで上がる。
五階は廊下からして天井、壁、床の調度品や設えがまるで異なり、雰囲気から豪奢だったので、まず間違いなく高級使用人の住居階と分かったが、ここでも、見張りが誰もいない。
「おかしいなあ……こんなにいないものかなあ」
スティッキィがささやく。ガイアゲンではとうてい考えられないほどに、屋内の護衛がいなかった。
外に大勢いるのは当たり前として、暗殺を防止するのならとうぜん中にもいるし、むしろ中の身辺警護はメストを遣う。メストが鋭い視線をふりまいて、廊下に並んでいておかしくないはずなのだが。
実際は、そのメストが総出で今この時にガイアゲンを襲撃しているのだった。
ふだんは、バーケンの周囲は常に凄腕のガリア遣いが護衛している。
隊商の時も、そうだった。バーケンのそばへ常にいた番頭二人が、実はメストだったのである。
「なんかあったんじゃなあい?」
気配すらないので、マレッティの声も少し大きくなった。
「そう考えるのが妥当ねえ。運が良かったかも!」
スティッキィは視界を確保するため、フードすらとってしまう。
そして息を殺して、すみやかに廊下を進んだ。ドアが並んでいるが、ひとつひとつ慎重に中の気配を探る。マレッティは静かにつき従った。すっかり、人より竜の気配を探るのになれてしまっていたため、スティッキィへ任せた。
とある大きな両開きドアの前でスティッキィが止まった。見るからに重厚で豪華な作りをしており、一目で重要人物の私室と分かる。鍵穴より光が漏れている。誰かいる。
当たった。