第3章 3-1 グラントローメラ侵入
3
ガイアゲン商会を出て、スティッキィとマレッティの二人は昼過ぎにはスティッキィのアパートメントへ戻った。生き別れ(マレッティにとっては死に別れのつもりだったが)てから暗殺者と竜の退治屋としてこの数年を過ごしてきた二人は、特に積もる話もなく、だらだらと引き籠って同じベッドで仮眠をとり、スティッキィが作った黒パンとレンズ豆のスープと硬い腸詰と、同じく石みたいに硬く古いチーズを薄く切ったものだけの簡素な食事をして、夜まで過ごした。暖炉へたっぷりと薪を入れ、室内の温度は夏のようだった。薄い部屋着で過ごし、のんびりと心身を休めた。それは、幼いころからのシュターク商会の習慣だった。
時間をかけるつもりはなかった。それは、お互いに言葉に出さずとも、分かるのだった。
夜になって、二人は全く同じ厚い冬用の灰色ローブ付マントを厚着の上に着こんで、暖炉の燠を消えない程度に調整し、部屋を出た。
外はまたしんしんと雪が降っている。気温が少し高くなったようで、湿った重い雪だった。
冬用ブーツの足跡を残しながら、二人は漆黒の町中をひそかに移動した。
目指すのは、グラントローメラ商会本部事務所だった。
ガイアゲンと同じように、商工区の中に広大な敷地を持って、高い塀に囲まれ、ガリア遣いの衛視が山といる。そこへ、二人は奇襲をかけようというのだ! しかも、時刻的にはちょうどガイアゲンをブーランジュウが率いるバーケン派遣隊が強襲しているときだった。つまり、期せずしてレブラッシュは逆強襲をかけたかっこうとなった。
「どれくらいのやつが、何人いると思う?」
バーケン配下とファーガス配下のメストが総出で出張っているとは露も知らず、マレッティは高い煉瓦塀を見上げてささやいた。高塀は、雪あかりと、遠い松明の光にうっすらと影を浮かべていた。鋼鉄の忍び返しがついている。
「カルマでだいぶん倒しちゃったから、そんなにはいないと思うわあ」
これ程の急なバーケン暗殺実行は、一つにはカルマが予想を超えるはたらきをしたのと、バーケンとファーガスに遠征組を呼び戻す間を与えないという意味がある。
二人は敷地の裏手へ回った。
完全に闇だったが、闇の中に誰か、いた。
「……何者だ!?」
闇を見るガリア遣いだろうか。しかし、その瞬間にはスティッキィの手から闇星が飛んでいた。闇を見るのならば、スティッキィのほうが一枚上手だった。
ビャッ、と血が噴き出る音がして、何者かが倒れる音もした。
「……倒したのお?」
マレッティが、その手へガリアの光だけを出す。目立たぬよう、ランタンめいて鈍い薄明りを暗中にぼんやりと浮かび上がらせていた。
その灯に浮かんだのは、胸元から喉元にかけてをぱっくりと切り裂かれた、若い女だった。きっと護衛のガリア遣いだったのだろう。すぐさま、降り積もる雪が死体と鮮血を隠してゆく。
二人はもう何の興味も無く、少し進んで完全に本部建物の裏に来た。
「裏門とかないのお?」
マレッティが、ずっと続く煉瓦塀を見渡してささやいた。
「ないみたいねえ」
「下調べくらいしなさいよお」
「だって急だったんですもの」
裏手へ来て、塀の陰になり、松明や街路灯の明かりからも隠れると、完全に闇となる。マレッティのガリアだけが、人魂のように浮かんで見えた。
「で、どうするの?」
マレッティがまたささやいた。
「派手に行く? それとも……」
「派手に行く暗殺者がいるわけないでしょお? 竜退治とはちがうのよ」
「これは襲撃でしょお? 暗殺なの?」
「どうちがうのよお」
「見せ方の問題よお」
「だからって、大番頭を探す必要もあるんだから……」
「じゃ、初手は地味にねえ」
パツッ、と、閃光がはしり、スティッキィが眼を瞬かせた。次いで、質量のある物体の崩れる重い音がして、マレッティが薄明りをかざすと、頑丈な煉瓦造りの塀の一部が鋭く切り取られ、人が入れるほどの角ばった穴というか、入り口が開いている。
ここから堂々と侵入しようというのだ。
「さ、おさきにどおぞお」
「明かりを持ってるんだから、マレッティからどおぞお」
「あたし、中がどうなってるか、しらないわよお」
「あたしだってしらないわよお」