第3章 2-4 ヴェグラー
料理は、古帝国から連合王国へかけての伝統で、大皿料理が最初からどっさりと並ぶ。もう少し北へ行くと、例えば現在はスターラ領である旧ポウザオヌ藩王国の都トロンバーにあっては、寒さのため出した傍から料理が冷えるので、順番に作り、食べる分だけ出す、いわゆる「コース料理」というものがあってそれが後世にはスターラやサラティスにも伝わるが、それはまた別の機会に紹介されるだろう。
さて具体には、まず目を引くのが何種類もの腸詰、ハムなどの加工肉、それにチーズ類だ。山盛りの大きなパンも小麦の白パン。バソ村で食べたものに雰囲気が似ているとカンナは思った。伝統的なスターラ料理だという。竜が現れる前には、庶民の口にも入っていたが、竜が現れてからはすっかり高級品になってしまっている。
そして、現在では貴重なスターラワインがあった。竜の飛来と農民の耕作放棄によってブドウ畑が壊滅的な被害を受け、いまはグラントローメラやガイアゲンなどの大商会と、都市政府直営農場および醸造所でしか作られていない。庶民は酒というと薄いビールが主だった。ちなみに、現在は製造法が途絶えてしまって、数十年前に仕こまれた樽しか現存しておらず、最も貴重で高価なのがいわゆるウイスキーと呼ばれる麦汁の蒸留酒だった。
「おいしぃ~!」
腸詰を口にしたカンナの顔が明るくなる。マレッティが懐かしがっていた味だ。バソ村でも食べたが、種類の豊富さがまるで違っている。十種類はある各種の腸詰の焼き物に煮物、薄いスライスが、これでもかと並んでいる。また豚肉の塊や臓物の煮こみ料理がまたうまい。北方では冬季の乾草の確保が難しく、畜産は牛より豚が主だった。牛は乳用種を飼うのがの精いっぱいだという。
その牛乳から作られるチーズ類も、新鮮で薄味なものを好むサラティスとは違ってがっつりと熟成され、独特の香りもあり、ものによっては塩味がきつかったが全体に味が濃かった。
スープは伝統的なレンズ豆のスープと、酢漬けキャベツのスープそれにタマネギの濃厚スープと三種類もあった。
レンズ豆の量も今朝の食事の数倍は入っており、まして煮るにまかせただけの竜肉などとは比べるのも憚られる良質なメニューに、カンナは我を忘れてそれらを口へ詰め続けた。
アーリーはうまいともまずいとも云わずに、黙然と食べ続けている。その食べっぷりだけを見ても、うまいから食べているのがわかる。
共に食べていたが、レブラッシュは二人があまりに見事に料理を平らげてゆくので、可笑しかった。
「お二人とも、サラティスで少し贅沢をしすぎているのでは? よほどスターラの食事がお口に合わなかったようで」
「す、すみません」
思わずカンナは顔を赤らめ、口元を手で押さえた。
「よいのですよ、これが本当の、かつてのスターラの味なんです。確かに竜が出るようになってから、こういったものはとても確保が大変になりました。竜をすべて滅ぼすか、竜と共存するか。どちらにせよ、竜属には侵攻をやめてもらわなくては、こういったものの復活もままなりません」
アーリーが、その鋭い眼だけをレブラッシュへ向ける。
「わがガイアゲン商会、まずは、アーリー殿へ協力します。新しいフルトの組織は、『ヴェグラー』と名付けましょう。旧スターラ王国の、英雄王の名です。やるとなったら、フルトたちにも自発的に竜狩り……いいえ、竜退治に動いてもらわなくてはいけません。格好良くて、かつ勇ましい名が必要と考えました」
「ごもっとも」
この部屋に入って初めてアーリーが声を出した。
「たいへんけっこうです」
そう云いながらも、まだ食べる。
(ベ……ヴェ……ヴェグラー……)
どこかで聞いたことがあるような……カンナはそう思ったが、思い出せないので気のせいだと思った。
やがて一刻、すなわちほぼ二時間近くも食べ続けていた二人だったが、まずカンナが満腹になって、美味しい紅茶をいただいた。アーリーは、これは食べだめをしているのだと思った。明日からまた、質素で不味い食事に逆戻りだから。
そんなアーリーも満足したのか、料理が出てこなくなったからただ単に食べるのを止めたのか分からないが、とにかく、
「美味でした」
と、レブラッシュへ云って食事用のナイフとフォークを置いたので、レブラッシュは思わず両手を上げて二人を讃えた。二人で七人分は食べたと思った。
「見事なものね。食後のお菓子は……さすがにいらないかしら?」
「いただきます」