第3章 2-3 歓待
「あの程度でメストの上級というのでは、暗殺者集団というのもタカが知れている。パーキャスで倒したやつらの方が、まだましだ。油断をしなければ、どうということはない。……マレッティもな」
「はあ……」
マレッティも襲われたと観ているのだろう。だとしたら、帰って来ないのだから、何かあったのではないかと考えるのが当然だと思うのだが。
「ここはマレッティの生まれ故郷だ。わけあって故郷を捨て、サラティスに来たと聴いている。期せずして舞い戻り、いろいろ……想うところがあるのだろう。そっとしておいてやれ」
「はあ……」
アーリーがそう云うのであれば、否やはない。
食事のあと、二人は当政府庁舎へ向かった。カンナは特に用事は無い。アーリーが、カンナを連れて行っただけだ。相変わらず寒い廊下で待たされたが、昼過ぎには用事は終わった。フルトたちの組織は、どうにか都市政府公認になりそうだった。名前は、出資者のレブラッシュがきめるだろう。
それから、アーリーはガイアゲン商会を訪れた。その結果を報告するためと、レブラッシュにカンナを紹介するためだった。午餐も招待されているのであやかる。
昼をすっかり過ぎたころ、政府庁舎よりガイアゲン商会へ到着した。かつて連合王国時代は乗合馬車が走っていた表通りを、竜が現れて馬がいなくなったため、人々はひたすら歩いている。馬車はいまや、かつての王侯貴族並の階級しか乗ることのできない乗り物と化した。その意味では、時代は逆行していた。
ガイアゲン本部に到着し、アーリーが正面へ向かうと、もう顔パスだった。立派な冬用の厚いコートの制服を着たガリア遣いである衛視は、カンナにも丁寧だった。ただし、カンナをアーリーの従者と思っているのは良く分かった。
(別にいいけど……)
カンナとしては、むしろそっちのほうが気が楽だ。
だが、外まで出迎えた支配人レブラッシュの秘書である老爺が現れると、状況が一変する。
「ようこそおいでくださいました、サラティス・カルマのアーリーさま、同じくカンナさま。当商会支配人がお待ちでございます」
などと仰々しく二人を本部へ迎え入れる。「えっ、この子もカルマ!?」 という無言の驚きが背中に飛んできたのを感じて、カンナはほくそ笑んだ。そうそう、それじゃなくちゃ、などという快感も感じ始めている。
レブラッシュが応接室ではなく控えの部屋で二人を待っていた。アーリーと握手をして、改めてアーリーがカンナを紹介し、カンナが緊張して薄ら笑いでウガマール式の礼をして、それから握手をした。まず両手を胸の前に合わせて左足を少し引き、膝を少し曲げて頭を下げるもので、カンナは無意識でクーレ神官長に教わった通りにやったが、それはウガマール奥院宮の秘神官の礼だった。誰も初めて見る礼法のはずだったが、レブラッシュはそれを古い連合王国時代の文献で見ており知っていた。
(本当に奥院宮から来たのね……)
レブラッシュは興奮してきた。
(この子が……竜との戦いの切り札になる……『可能性が一番高い』……)
まだ、そうときまったわけではない。が、それへ投資できる機会であるのは間違いない。
歓待する価値がある。
レブラッシュは二人を応接間の奥の歓待の間へ通した。ここは重要な商談相手、あるいはスターラ総督ほどの相手にしか使われない場所だった。
ちなみに、レブラッシュはガイアゲン商会の経営責任者というものであり、これはバーケンも同じだったが、ここほどの規模となると創業家は経営権を支配人や大番頭などの経営代表者へ「預けて」おり、所有者報酬と余所への投資利益だけで王様のような生活をしている。もちろんスターラ市内にはいない。秘密の場所に住んでいる。グラントローメラやガイアゲンのオーナーともなると、総督ですらおいそれと会える人物ではなかった。
なので、たとえレブラッシュがバーケンを排除し、グラントローメラの販路や商売分野を奪おうとしても、マレッティの実家がつぶされたのとはわけが異なる。創業家同士で話がつき、グラントローメラからガイアゲンへ幾分かの配下の商会や商店を仕入れ先や販路ごと委譲するだけで終わるだろう。
が、レブラッシュとしてはそれで充分なのだった。なぜなら、それだけで、創業家にしてみれば微々たるものでも、雲の下の身分にしてみれば莫大な権益や利益が手に入るからである。
歓待の間へ入ると、その用意された料理の山にカンナは思わず声を上げた。
テーブルは、大人数用ではなく、数人で囲めるものだった。主賓席にアーリー、その横にカンナ、そして客をもてなす主人の席にレブラッシュがついて、その三人だけだった。ただの宴会ではなく商談も兼ねているので、意外にこじんまりしている。しかし、料理はサラティスでもなかなかお目にかかれないほどに豪勢なものが並んでおり、スターラにこんなに食べ物があったのかとカンナは思った。金さえ出せば、あるところにはある。マレッティではないが、世の中は金だ。金がないと餓死。人間の弱肉強食だった。