第3章 2-2 ブーランジュウ
「下手に出ていれば、どこまでもつけあがりよる。『人間風情』が、ガラネル様の崇高なる理想の手駒にすらならん。うまくわたしを使っておればよいものを……。もう猶予は無い。こんなゴミどもの陰へ隠れているなどと……。ガラネル様には悪いが……」
やおら、引きつるファーガスの首をバグルス・ブーランジュウの片手がつかみ、締め上げながら捻って、その口をこじ開ける。そこへ鎌首をもたげた尾の先がつっこまれ、喉の奥へ大量の毒液が流しこまれた。
「ごぉお……ごぉぶ……ぶほぅ……ッ」
ビクビクと痙攣して、ファーガスは白目を向いた。毒液の成分は胃から急激に血中へ吸収され、全身の皮膚がやや青みがかって白くなった。尾が引き抜かれ、ブーランジュウが手を離すと、ファーガスは白目のまま、どっと椅子の背もたれへ身体を預けた。
ブーランジュウが低いドスの聴いた声を発した。
「いいか、貴様は覆面と手を組み、カルマ共へ暗殺者を総動員してその足止めをする。いいな。わたしが全て差配しておく。わたしが、ギロアの仇を討つのだ」
「はいぃ」
「貴様はしばらくここで寝ていろ。誰か組織のものが来たら、わたしがいま云った通りの指図をしておけ」
「はいぃ」
「最初から素直に従っておればよいものを……どうせ、同じことをするのだからな。こういうのを二度手間というのだ。バカな人間めが……」
「はいぃ」
ブーランジュウは再び伝令の姿となって、部屋の暗がりに消えた。
ファーガスは朝までそのままでいて、翌朝、女中が呼びに来たとき、死んでいると思われてちょっとした騒ぎになったが、すぐに目を覚まして騒ぎは納まった。
「わしは……どうして……椅子で……」
ファーガスは弱々しく額を抱えた。顔色も悪く、身体が冷えきっており、医者が呼ばれた。心労ということで少し療養することになった。総督にそう伝え、諒承された。
そのころには既に、バーケンの元を伝令の姿でブーランジュウが訪れていた。
翌日、カンナが目を覚まして、備え付けの水差しで顔を洗って口を濯ぎ、ふらふらと食堂へ向かうと、既にアーリーがいてフロントで何やら話をしている。
昨日は、ライバに場所を教え、連れてきてもらってホテルまで戻ったようだが、あまりよく覚えていなかった。
そのまま、大きな暖炉に石炭が赤々と燃えている食堂で朝食をとる。スターラの常食である黒パンとレンズ豆のスープに、干し竜肉とカブをくったくたに煮こんだものと、干した鯉をその茹で汁で煮戻したもの、それに野菜やキノコの酢漬けが少量ついていた。サラティスに比べると質素極まりない食事だが、カルマの金で、これでもこのホテルでは高級なほうだというだから驚きである。
(うわあ、マッズイなあ……)
カンナは、初めてまともに竜肉を食べたので、その不味さに驚いた。なんといっても味が無い。塩気だけがやたらとあって、香辛料も薄いハーブのみの、その妙な鼻を突く土臭さというか、鉱物めいた泥の臭いというか、金属臭というか、独特の臭みだけが強調されている。
ただ、実は竜肉には牛馬、豚など家畜の肉に比べて格段に各種の栄養があり、少量でも充分に生きてゆけるのが幸いだった。が、この世界の人間に栄養学という概念は無いので、まともな肉の味を知っているものからの評判はすこぶる悪い。
(料理の方法が悪いんじゃないのかなあ)
カンナは容赦なく顔をしかめた。ただひたすら煮ているだけにしか思えない。
しかし、周囲の客にしてみれば、この時期にいいもの食ってるなあ、という憧憬の眼差ししかない。カンナはその視線に気づいて、なるべくうまそうな顔をしてなんとか喉の奥へ詰めこむ。水も、サラティスに比べるとかなり硬くて馴染まない。腹を下しそうだ。
ところで、やや遅れてカンナの向かいの席についたアーリーは、そんな食事でも黙々と食べている。量は、身体が大きいからということで倍を食べているが、本当は四倍ほどの量が必要なはずだった。
「……アーリーさん、マレッティは?」
「昨夜は、帰って来ていないようだな」
「だいじょうぶなんですか?」
「心配はいらないと自分で云っていたから、大丈夫だろう」
カンナはそこで声をひそめた。
「……アーリーさん、わたし、昨日……」
「暗殺者に狙われたか?」
「えっ?」
と、いうことは、アーリーも?