第3章 2-1 伝令変貌
秘書の老爺も、この結果には驚いた。
「無知と驕りで、あの二人は滅ぶのよ。あと……邪魔なのは」
「なんとかという、バグルス」
「そう。ガラネルには悪いけど……ガイアゲンはカルマにつかせてもらいましょう」
「どう、なされます?」
「退治してもらいましょう? カルマに。専門家でしょう? バグルス退治の」
秘書は礼をし、無言で下がった。さっそく手配する。
「退治というか……処分ね」
ティーカップへそっと口をつけ、レブラッシュの瞳がさらに細く光る。
2
その夜、家族との食事を終え、自室に戻ったファーガスは、暗がりに潜んでいた伝令のメスト要員を認め、その顔を暗殺者組織の長としてものにひきしめた。名目上は、ファーガス、バーケンそしてレブラッシュたちは、頭目の代理であるが、事実上の組織の長なのだ。
その小柄な女は暗がりから前に出て、椅子に座ったファーガスの耳元へ口を寄せた。
みるみるファーガスの顔が驚愕にひきつった。
「……全滅だと……全員か……三人へ送りこんだわしと覆面の手の者全員か……」
伝令は無表情でうなずいた。
「甲冑めはどうしている……」
「まだ、様子見の状態で」
「なに……?」
ファーガスの顔が、してやられたとゆがむ。
「まさか……な……。しかし、こうなれば是が非でもカルマ共を消してしまわなくては……覆面のやつめへ連絡を……」
「総掛かりですか」
「そうだ」
「しかし、配下の数がもう……」
「数日内に集められるだけのものを集めろ。ゴットや、ベルガンからもだ。トロンバーへ向かわせている連中も呼び戻せ」
「バグルスを利用しましょう」
「なんだと!?」
ファーガスは驚いてその伝令のガリア遣いを見つめた。いままで、自分へ意見することなど一回も無かった、忠実な伝令だ。そもそも伝令とは余計なことを云わないのが前提で、云われたことを確実に伝えるのが任務であり価値だ。
「貴様、珍しく物を云うと思ったら、云うに事欠いてバグルスごときの手を借りろというのか? どうかしているぞ」
「手を借りるのではなく、利用を……」
「おなじことだ」
ファーガスは鼻を鳴らし、顔をそむけた。
「では、あのバグルスよりの依頼はどうするのです!?」
「ほうっておけ」
「なんですって?」
「あんなのにかまっている場合ではない」
「しかし、あのバグルスの背後には、ダールが……」
「それは、どうとでもなる」
伝令は黙りこんだ。ファーガスは大きく息をついた。きっと、ファーガス組織の主要な暗殺者たちが一気に殺されて、動揺しているのだと思った。
「心配するな。それに、そもそも、バグルス風情がでしゃばる問題ではない」
「バグルス風情とはどういうことだ?」
「なに……?」
再び顔を向け、ファーガス、息を飲む。伝令の目が赤く光っている。
「き、きさ……」
伝令の身体が変貌する。幻術か。それとも変身か。ファーガスの部屋の中に、二十キュルト(約二メートル)近い体格の大柄な女が現れた。ランプの灯を背にして影を作り、両目を含めた全身の発光器が竜めいて赤く光っている。影の後ろには、ぞろりと蠢く長い尾があった。その広い肩が、怒りで戦慄いていた。
「ぅお……」
ファーガス、思わずガタンと椅子を引いて腰を浮かしかけたまま固まった。
先程とまるで異なる、深いアルトの声が響いた。
「おまえたちこそ、まるで役に立たん。何がメストだ。カルマの連中に、手も足も出ないではないか」
ファーガスの身体が、怒りと恐怖でぶるぶるとふるえだした。大柄な影が小首をかしげて、ファーガスを見下ろす。