第3章 1-3 ガイアゲン
「え、やっぱりそうなんだ?」
「云っておくけど、あたしもあんたも、まだ『お店の契約』は残ってるんですからね!」
「げえ……」
マレッティは目を丸くした。確かに、十五年は勤める契約だった気がした。つまり、二人そろって見つかったら面倒ということだった。売春窟に戻るくらいなら、竜の味方になってスターラを攻めてやる……マレッティはそう思ったが、よく考えたら、はじめからそのつもりでここに来たのではなかったか。
(そうだ、デリナ様との連絡、どうしよう……)
どうしようもない。パーキャスの時のように、向こうから連絡をつけてくるのを待つしか。
「ところで、暗殺のお金で、父さんの債務を返済してないの?」
「返したくても返せないじゃない。死んでるんだから」
「そうかあ……。けっきょく、いくら残ったままなんだっけ?」
「マレッティとあたしで返せたのは、三年で百トリアンくらいよ……残りは、まだ八百くらいあったはず」
「そんなに……? でも、本当のことを聴いたら、むしろ損害賠償を請求してやりたいくらいだわ」
「これからするのよ。……あいつの命で補ってもらう」
スティッキィの声は、復讐に少し震えていた。いや、マレッティを得て、これで復讐できるという喜びにも似た震えだった。
マレッティは、まだなにか複雑な心境で、口ではそう云ったものの、心が萎えていた。
二人はガイアゲン本部の裏口につくと、通り向かいの小さな小間物屋に入った。ここの地下から、秘密通路を通ってガイアゲンの地下室に到る。
小間物屋のおやじも、メストの一員だった。もっとも暗殺者ではなく、ガイアゲン配下の暗殺者組織の事務員(連絡係)というべきものだ。いつものフード姿が入ってきたので、スティッキィだと思った背中の曲がったおやじ、それが二人いるのでいぶかしがった。
「スティッキィか?」
「そおよお」
スティッキィがまずフードをとる。そしてマレッティもとった。まったく同じ顔が出てきたので、「そいつはだれだ?」 と云おうとしたおやじ、息をのんで固まった。
「お姉ちゃんのマレッティよお」
「……どうも」
マレッティが目礼した。おやじは、まだ同じ表情で固まっている。
「支配人につないでちょうだい。依頼はこの通り果たしたって。……聴いてるのお?」
おやじが動いた。
「あ、ああ……聴いてる……支配人の依頼とは?」
「お姉ちゃんをメストに加えるのよお」
「と、すると、こちらもガリア遣いなのか?」
「サラティスでバスクをやってるのよお。所属は、あのカルマなんだからあ」
「カルマだって!?」
目を見開いて、おやじがマレッティを見た。
「知ってるのお?」
これは、マレッティだ。
まるで同じ声と話し方なので、おやじはどうも調子が出ない。
「あ、ああ……。ま、その……話は、な……。竜の世界から来た凄腕のダールが、お頭なんだって?」
「まあね……」
「無駄話はいいからあ。早くつないでよお」
「ああ、そうだな……」
おやじが店の奥へ消え、しばらくして戻ってきた。無言で顎をしゃくる。二人は親父について行き、店の奥の地下通路へ到る扉に案内された。あとは、スティッキィだけで行ける。
おやじは二人を見送って、胸を押さえた。まだ、どきどきしている。おやじはスティッキィの強さと残忍さを知っていたから、それが二人に増えたと思ったら、どうにも動悸が納まらないのだった。
小さな蝋燭だけの地下通路を進み、ガイアゲン商会本部の敷地へ入って、行き止まりの扉を開けた。屈強なガリア遣いの女衛視がいて、二人を案内する。商会の建物の地下から、階段を上がってとある部屋に入ったのでスティッキィは驚いた。いつも、支配人と合うのは秘密の地下室なのだ。
「どこへ行くのお?」
思わず衛視に聴くが、衛視は答えなかった。
二人は、表通路を通って、二階の豪華な部屋へ案内された。