第3章 1-2 復讐
マレッティが上目で鋭い目つきを向けた。立っているスティッキィは、逆に見下すような澱んだ眼だ。
「あんた、今年メストでいくら稼いだの?」
「……うーんと、百八十トリアンくらいかな?」
「あたしはだいたい、五百五十カスタよ。比べ物にならないわあ。今年はこれでも少ない方だし。適当にバグルスを殺すだけで、サラティス政府がバカみたいに金出すのよ。あったかいし、お風呂もあるし、食べ物は美味しいし、あんたこそサラティスに来ればあ?」
「だから、そんなに太ってるのね。動き、鈍かったわよお」
「うるさい」
マレッティは無意識に、最近だぶついている腹をさする。さすりつつ、マレッティは身体のあちこちに鈍痛と湿布の感触を感じている。ていねいに打ち身薬が塗られている。特に下腹部はまともにスティッキィの踵前蹴りをくらったので、かなり痛い。腹筋を鍛えていなかったら、内臓を壊されていた。彼女も、ただ怠惰に過ごしていたわけではない。最低限の身体訓練は行っていた。
スティッキィ、視線をはずして、窓の外を見た。
「あたしはここでやってくわあ」
「なんの未練があるのよ、こんな街に……」
「父さんの仇を討つのよ」
「ええ?」
マレッティは素直に驚いた。
「だいじょうぶ? あんた、父さんは事業に失敗して自殺したのよ? わかってる?」
「わかってるわよお」
スティッキィがきつい表情で振り返る。
「グラントローメラが、シュタークの販路を奪おうとして、貸し剥がしをやったのよ。それで資金繰りがいっぺんにダメになって、ウチは倒産した」
「はあああ!?」
マレッティ、完全に初耳だった。
貸し剥がしとは、融資した相手に特段の問題がなくとも、分割払いを強引に今すぐ返せ全部返せとやることである。たとえ契約書にそうできると書いてあっても、あくまで最終手段としての形式上の担保条文であって、ふつうはやらない。いきなり全額返せるくらいなら最初から借りないわけで……それをやられると、ひとたまりもない。資金がショートして、仕入れたものの支払いができなくなり、たちまち破綻だ。
「ほんとなの!? それ。だってグラントローメラはうちの優良提携先だったし、倒産の時も資金を提供……」
マレッティは黙った。本当に提供してくれていたら、つぶれるはずがない。
「どこの情報よ、それ」
「ガイアゲン。あたし、いまガイアゲンのお抱えフルトなの。ガイアゲンは裏で暗殺もやってて、あたしはそこでメストとして裏仕事も。知ったのは、半年位前だけど……」
ガイアゲンの裏情報なら、まだ信憑性はあった。
「だけど仇討って、どうやって? グラントローメラなんて、幹部の一人や二人を暗殺したところで、つぶれないでしょ」
「そりゃ、つぶれないわよお、あんな大きなところ……。でも、ガイアゲンの支配人から指令が。確証はないのだけど、グラントローメラもメストとして暗殺請負を裏でやってるの。そこからつぶして、いずれは竜属との戦争を通じ、商会全体を縮小させるみたい」
「そりゃまた、気の遠い話ねえ」
マレッティは呆れた。
「……具体には、手始めに、だれを殺すの?」
「そりゃ、グラントローメラ大番頭のバーケンでしょ。貸し剥がしも、そいつの命令だったそうだし」
あいつか……。マレッティはバーケンの顔を思い出した。ベルガンで感じた違和感は、それだったのか?
「悪くないわね」
マレッティは氷の笑顔でベッドから降りた。スティッキィが、迎えるようにして抱き寄せた。
マレッティは期せずして、妹の紹介でアーリーが出資契約を結んだガイアゲン商会の支配人と会うことになった。二人とも同じようなフード付きマントでアパートを出て、冬の通りを歩く。マレッティは、もしかしたら四年前の事件を知るものがいたら面倒だとフードをかぶっているが、スティッキィはどういうわけだろうか。
「そりゃあ、目立たないためよお。いちおう、暗殺稼業なんだし。それに、あたしは死んだことになってるから……」