第2章 6-4 静寂の奥義
戦斧をカンナへ叩きつけるダンティーナだが、空間を引き裂く波は一歩遅れて飛んでゆくので、あまり素早い動きに対処できない。カンナは思わず発見した敵のガリアの弱点に見向きもせず、一直線にルバータへ向かった。
「……!!」
ダンティーナも急いでカンナを追う。
ルバータは、カンナが自分を狙っていることにすら気づかない。カンナが走っているのは、ダンティーナの攻撃から逃げるためだと思っている。
「……!!」
ダンティーナが叫ぶが、何も聴こえない。これは、逆効果だった!
カンナが必死の形相で黒剣を両手下段にひっさげたまま自分へ向かってくるのと、それはなんのためなのかを、ようやくルバータは理解した。あわてて逃げようとしたが、足がもつれて腰から崩れた。
そこで、一気にその剣先でルバータを刺し貫けるかというと、カンナには無理だった。
一応カンナも非情に徹し、気合を入れて剣を振りかざし横なぎにルバータを叩き斬ったつもりだったが、ただの剣技は素人以下であるし、盗賊でもなければ、ガリア遣いとしても一般人にほぼ等しい相手を殺すほどの覚悟も無いため、まるで間合いが合っていなかった。
だが、ルバータが防御のために無意識に手を挙げ、ガリアである大きなヤスリを持っていたので、それが黒剣へ当たり、ルバータの手から飛んで行ってしまった。
ガリアのヤスリが石畳の上を回りながら離れてしまう。
効果範囲から外れ、音が甦った。
ドガア!! ビシュア!! ガラガラガラ……!
封印されていた雷紋黒曜共鳴剣が一気に共鳴して、カンナから稲妻が溢れ出た。バリン、と衝撃波で近くの建物の窓が割れ、どこかの工場の炉でも爆発したのかと思った住民もいたほどだ。窓から顔を出して、ガリア遣い同士が戦っているのを見て、すぐに顔をひっこめる。ルバータは衝撃で失神しかけた。
「やらせるかよ!」
ダンティーナが踵を軸に一回転しながら勢いをつけ、巨大斧をカンナへ叩きつける。空間が裂ける!
「ぬいぃやああ!」
気合と共にバ、バッ、と空気に電光がほとばしって、斧と断裂を飛び越して直接ダンティーナ本人を稲妻が襲う。
「ギャウ!!」
猛烈なショックと電熱にダンティーナが身をすくめた。攻撃が中断し、ただの一撃でがっくりと膝をついて、ガリアが消えかける。全身が裂けて、心臓が破裂しそうだった。髪が焦げて、煙が出る。
しかしカンナ、歴戦のアーリーやマレッティのごとく、まだそこを畳みかけられない。次の攻撃をしあぐねいている間に、ダンティーナが膝に手をついてゆっくりと立った。しびれが残るため、そのまましばし回復を待った。カンナは、ただそれを眺めている。
「いやあ……これがそうかあ……すごい力だね……でも、まだまだ初心者じゃないか……ここでトドメを刺しに来れないなんてね……」
ダンティーナが楽しげに笑いながらそうつぶやいたが、眼が笑っていない。
カンナはむっとして顔を歪ませた。まったくその通りなので口答えもできなかった。
「ルバータ、いつまで震えてるんだ!? さっさとガリアを出し直して、こいつを役立たずに戻してよ!」
まともにやりあったら勝てないと宣言しているようなものだが、戦い方など、暗殺者にはどうでもよいのだった。殺せばよい。それで金が貰える。
カンナはルバータを振り返った。
ルバータ、十歳下の少女に怒鳴りつけられ、怯えながらもなんとかどこかへ飛んで行ってしまったガリアを消し去り、再び手元に出現させ、何かをガリガリと削る仕草をする。とたんに、周囲の音が小さくなって、やがて何もかも静寂に包まれる。
「…………!」
またも、ダンティーナの口パク。共鳴が消えて、稲妻も収縮する。
カンナはもう、迷うことなくルバータを倒してしまわなくてはいけないと決心した。しかし、殺してしまうのか、気絶させるのか、それは分からない。結果次第だ。手加減する余裕も技術もない。
聞こえない雄たけびをあげて、カンナがダンティーナへ背を向けてルバータへ向かう。バガン! と、ルバータがいなければ音がしただろうが、いまは無音で、空間が砕け、カンナとルバータのあいだにダンティーナが割って入ってきた。びっくりして、カンナが急に立ち止まる。巨大戦斧を振り上げ、カンナめがけて叩きつける。なんとか避けるカンナ。斧は地面へ食いこみ、石畳ではなく空間を割った。割られた空間は少しずつ元へ戻るのであるが、やはりどこか元の姿とは異なる。微妙に歪み、遠近がズレて目が狂う。