第2章 6-2 ダンティーナ
身体と髪を洗って、また湯を出す。とにかく浴室や身体が温まる前に湯が出なくなるものだから、むしろ寒いのだ。タオルで身体を拭いて、急いで水気を取り、全裸のまま暖炉の前にしばし立った。それでも寒いので、とにかく服を着こむ。ここでは風呂も命がけだ。
なんとか髪を乾かして、厚着をして外へ出た。出たが、特にどこへ行くというあてもないので、街の地図を勝って地理を覚えることにした。しばらく滞在するようなので、地理も必要になるだろう。
既に、ホテルを出たときから、カンナも追跡されていた。が、それに気づくカンナではない。
スターラは、人口こそサラティスの三倍ほどもいるのだが、街の広さはそれ以上なので人口密度はサラティスより低い。しかもこの午前の時間帯は工業区に労働者が殺到しており、女たちの買い物の時間でもないので、通りはむしろ閑散としている。カンナは人気の無い通りを、地図を見ながらうろうろする羽目になった。
それにしても寒い。
乾いた風が、うっすらと地面へ積もった粉雪を舞いあげる。昼間でも氷点下なのだった。風が頬に刺さって、痛いほどだ。体験したことの無い、想像を絶する寒さだった。
これでも、厳冬期ではないのだそうだ。
カンナは、来る冬の戦いに自身が無くなってきた。こんな寒さの中で、竜とどう戦うというのだろう。
ガン、ガン、ガン……!
風に乗って、工業区の方から何か音がする。金属を加工している音だろうか。高い屋根の倉庫のような建物はみな何かしらの工場で、白い煙がひっきりなしにそこかしこから上がっている。まるで温泉だが、一部の工場では大量の湯を沸かし、圧をかけた水蒸気の力で装置を稼働させる最新式の動力が、実験的に導入されているという。そういうものにまた水を使用するので、ますます市民の使う分は減るのだった。
ガン、ガン……!
だが、カンナは気づいた。音が近づいてくる。音に関しては、カンナだってエキスパートだ。
ガン……!!
これはガリアの音だ! カンナがそう気づいたとき、バギャアン! と凄まじい破砕音がして、空間が割れた。ガラスでも砕けたように風景が割れて、巨大な斧のようなものが眼前に出現する。カンナは既にガリア「雷紋黒曜共鳴剣」を手にしていた。
「やあ~、きみが、サラティスのカルマ?」
能天気な声がして、厚手の地味な野外コートを着た少女が空間の割れ目より現れた。若い。カンナと同じほどの歳に見えた。ただ、その背丈の二倍半はあろうかという、まるでアーリーですら重そうに抱えるであろう巨大戦斧を、大きな革手袋をした片手で軽々と手にしている。ガリアの斧だった。
「なっ……なに……!?」
カンナ、へっぴり腰で両手剣を構えて、対峙する。少女はスターラ人に特有の金がかった茶髪を短髪に切りそろえ、灰色の眼をし、冬だというのによく日焼けして、男子のようなすっきりとした顔だちをしていた。
「盗賊団を壊滅させたその力……面白そうだから、きみにしたんだ!」
少女がニカッ、と爽やかな笑顔を見せた。
「?」
しかしカンナ、何を云っているのかまるで意味不明。カンナは、そういうのが最も苦手だった。回りくどい話は大嫌いだ。イライラする。
「わたしは……竜じゃない……なんでガリア遣いがわたしを……!?」
「バカだなあ、きみ、賞金首だよ。メストのね!」
黒剣が低く鳴りだす。眼も据わっていた。
「……どうせバカですよ! 来なさいよ、暗殺者だっていうんでしょ? 返り討ちにしてやるんだから!」
「バーカ、情報は入ってるんだよ! 誰が一人で来るもんか! こっちだって、カルマ相手に油断はしてないよ!」
「またバカって云った!!」
カンナ、一気に共鳴を膨らませる。ヴヴウウウ、とサイレンめいて低音が響き、雷撃が少女を襲った。
少女、名をダンティーナという。歳はカンナのひとつ上の十五。ガリアは「豪刃大断斧」という。バーケン配下のフルトにして暗殺者だった。
「あらよっとい」
軽々と巨大な斧を楯代わりに、ダンティーナが稲妻の放射を防ぐ。そしてそれを豪快に振り回し、何かをカンナへ向けて飛ばしつけた。