第1章 4-5 フレイラの攻撃
「ぅうお!?」
身をよじり、地面へ打ちつけられる寸前にバグルスの顔面へ針を打ちつけた。その針を身を捻って避け、のけ反ってフレイラを空中で離したので助かった。投げ出され、木の枝にひっかかって状況を確認する。土竜はカンナが激しく黒剣から雷撃を放っているが、皮の厚さに阻まれ、いまいち効果を得ていないように見えた。なによりカンナ自身がへっぴり腰で、威力もそう出ていないのだろう。
バグルスは後ろに倒れかかったが持ちこたえ、体勢を整えた。効果がないのだろうか。いや、動きが鈍い。効果は確かにある。
(さすがに、この体格ともなりゃあ、簡単には効かねえのか……? それとも、あいつが特別なのか……?)
フレイラは地面へ下りて、カンナへ近寄った。
「下がってろ、先にこいつをぶっ殺してやる!」
カンナは自分ではうまく戦っていると思っていたので、その指示に驚いた。
「えっ、でも……」
「いいから下がってろ!!」
その剣幕は竜より恐ろしかったので、素直に下がった。ガリアであるフレイラの針はただの針ではない。投げ打つだけではなく、自由に飛ばすことができる。素早く回り込み、その甲羅の隙間めがけて右手より針を放った。手投げ矢よりも正確に、竜の皮膚の柔らかいところへ滑り込む。
フレイラはそれを確認し、自らも下がった。後は針が効いて動きが鈍くなるのを待つ。
カンナも遠巻きにそれをみつめていた。雨が激しくなる。そのカンナの背後へ、バグルスが迫っていた。カンナより先にそれへフレイラが気づく。
「カンナ、逃げろ! バグルスだッ……!」
雨音で聴こえないのだろうか。カンナの様子が変わらない。フレイラは急いで近づくものの、藪に阻まれてなかなか前に進めなかった。
「カンナ、カンナ!!」
ようやくカンナがフレイラへ気づき、そして後ろを振り向いてバグルスに気づいた。しかし、カンナは剣を構えて逃げない。
「なにやってんだ、逃げろっつってんだろ!!」
ちょうど太い倒木と立ち木が交差して、フレイラはもどかしくそれを回り込んだ。カンナは聴こえていないのだろうか。
いや、カンナは分かっていた。しかし、バグルスがだらしなく弛緩し、目も虚ろで口から泡をふいているので、倒せると判断した。
「バグルスを甘く見るな! いいから下がれッ、このクソド素人のド新人がああ!!」
フレイラが眼を血走らせて必至に下草と藪をかき分けた。
「わたしは……わたしの共鳴を信じます!」
カンナは黒剣が……雷紋黒曜共鳴剣が高鳴るのを待った。
しかし鼓動だけが高鳴り、いまいち剣は鳴らなかった。だが、上空の雷鳴に合わせ、おびただしく帯電しているのは分かった。剣からプラズマが放電している。
「ええい!」
振りかぶり、その太い胴体めがけて剣を振り下ろした。ズバッ! と雷撃の弾ける音がして、剣が胴体に食い込んだ。が、そのぶよぶよに見える腹は剣打を強力に弾き返し、さらに雷撃も何の効果も無かった。
「あれっ……」
カンナは二度、三度と剣を叩きつけた。閃光と破裂音がし、激しく稲妻も弾けるが、全て通らない。カンナは驚いてその巨体を見上げた。
明後日のほうをむいていたバグルスの赤い眼が、ぎろり、とカンナを見た。
瞬間、すさまじい速度でバグルスの張り手が炸裂する。黒剣が自動的に動いてカンナを護らなかったら、首がもげていたかもしれない。カンナは悲鳴も無く宙を舞って、頭から茂みに突き刺さった。
バグルスはゆっくりと自分の手を見た。手が切れて血があふれ、雨に流れていた。バグルスの力で叩きつけて、初めて刃が通ったのだ。
「やっろおおおお!!」
フレイラが踊りかかる。鋭い蹴りを連続して見舞うが、バグルスは素早い身のこなしで下がりながら全てかわした。しかも、蹴りの最中に飛ばした針ですら、指に挟んで止めた。フレイラの攻撃を見切っている。
(こいつ……バケモノだ……)
初めてバグルスがびしょ濡れの頬をゆるめた。
「オマエト アイツジャア オレニャ 勝テネエ ゼ シュ、シュシュ……」
「生意気な……!!」
フレイラの怒りが沸騰する。しかし怒りにまかせて冷静さを失うフレイラではない。バスクと竜には相性が合って、得手不得手がある。こういうタイプには、アーリーが最適だ。
どう攻めるか思案する間もなく、バグルスが張り手を連打してくる。それが速い。自分の幻覚や麻痺の効果はどうなっているのだろうか。
「自信なくすぜ……」
太い樫の背後に回り込んでかわしたが、バグルスの張り手の一撃はその大木を根こそぎひっくり返した。その後、バグルスが動きを止め、右手を突き出したまま虚空をみつめて佇んだ。
やはり、少しずつ効果はある。フレイラはすかさず針を打った。横腹に二本突き刺さる。とたん、腕が振り回された。無闇に近づかなかったのは正解だ。