第2章 5-4 裏カントル流
マレッティも、ガリアを片手に右半身に構えた。まったく同じ構えだ。
「あたしは師範の免許を持ってるけど、あんたはどう? そうは見えないけど」
リットラが、楽しげに云う。
「持ってるわけないじゃなあい……」
マレッティも肩をすくめながら笑って答えた。
「でも、あんな、金持ちのお遊び剣術の師範免許が、殺し合いでどこまで通用するっていうのお?」
「お遊びかどうか……その身をもって知るのよ!!」
眼差しが殺人者のそれとなり、リットラが迫る。マレテッィも同時に動き、狭い路地で激しく半身のまま打ち合う。カントル流は細身剣で直線上を激しく前後するのが奥義だ。互いに剣を繰り出しつつ寸分の隙を見つけ、そこを攻め、守り、受け、あるいは受け流し、かつ避け、前に出ては下がり、剣を打ち合い、擦りあう音を響かせて延々と前後する。こういう狭く長い場所では独壇場だ。
ただ、一方は実剣で、一方はガリアなわけだから、マレッティに分があるかもしれない。鋼とはいえ細身剣はその通り細い。何かの拍子で折れる可能性もあるが、ガリアは心が折れない限り折れない。
リットラは、しかし、必死のマレッティに比べさすがに師範、余裕で剣を打っていた。しかも確実にマレッティの剣さばきを観察する。マレッティは攻めにちょっとクセがあって、ほんの少し手首が伸びる。達人になるにはこういうクセをすべて取り払い、いったんまるで無色透明で没個性の人形のようになる必要がある。そのうえで、改めてクセが個性となり、その者の独特の形となって、強くなる。
発見した以上、あとは一撃でマレッティの手首を切り裂く間合いを計るのみだった。
「イェヤッ、ヤアァッ、ハッ!」
「トォオゥ、イェャア、ヤァ!」
二人で気合の発声を繰り返し、剣の打ち合わさる音が響く。
そこで、大きめに下がり、リットラがマレッティを誘った。
マレッティが思わず中段へ吸いこまれるように剣を出す。
(そこ!!)
待ってましたと、リットラが真半身に体を開いて後ろの歩を下げながらぎりぎり攻撃を避けつつ間合いをとり、伸びた右手首めがけて剣を打ち下ろす。
が、マレッティ、前につんのめるようにして、地面へ前転をかましたではないか!
「!?」
しかもその頑丈な野外用ブーツがひるがえって、特に硬い踵がリットラを襲った。思わぬ攻撃にリットラめ、剣術も忘れて両手で蹴りを防ぎ、あわてて下がって逃げた。路地の壁に背中がついて、驚いて後ろを確かめる。
そこへマレッティが素早く起き上がって、壁際へ追い詰める形で回転蹴りをおみまいしつつ、さらに剣撃も繰り出される。まるで曲芸!
リットラは壁沿いに逃げたが、マレッティの攻撃は連続してそれを追った。リットラは路地の中央まで戻り、反撃を試みるも、マレッティが間合いをとらせなかった。
「……こぉの!」
リットラ、遮二無二斬りかかって強引にマレッティの突進を止めた。細身剣と細身剣が唸りを上げてかじりあい、火花が散った。マレッティも久しぶりの大技に、それ以上の攻めをしない。息をつき、下がって間合いを取る。
「それ……まさか……」
リットラ、驚愕と動揺で言葉が出ない。手が震える。
「まだ身体が覚えていてよかったわあ」
マレッティは会心の笑みだ。
「裏カントル流!! どこでそれを!!」
「あら、知ってるのお?」
「知ってるも何も……見るのは初めてだけど……遣い手がいたなんて……」
リットラは深呼吸をした。
「ちょっとうれしい」
「あ、そう?」
「あんたがどこでそれを身につけたかは知らないけど……」
リットラが構え直す。先程とは異なり、身体の角度が緩い「やや半身」だ。
「……邪道の極み、裏カントル流を殺せるなんて!」
「邪道でけっこうなんだってえの!!」
マレッティ、勝負をかける。力任せに正面から突きかかった。リットラも、先程よりしっかりとした足つきで身体を支えつつ、それを受ける。ギャウッ! 刃と刃が擦れあって、火花が出た。すかさずマレッティの足技。密接してリットラの股の間に足を入れ、膝裏に足かけ払いをかます。通常ならそれでいっぺんに敵はひっくり返るのだが、リットラも裏技は知識では知っている。なんとかこらえた。