第2章 5-3 カントル流
「…………」
マレッティは怒りに顔を震わせながらも、次の暗殺者には立ち止まって油断なく半身に構えた。それほど、こやつは先ほどの雑魚とは雰囲気がちがう。
不思議なのは、こやつが腰に実剣の細身剣を携えていることだ。楯のガリア遣いマウーラの例もあるので、そういう、自らの攻撃の補助を自ら行うガリア遣いがいないわけでもない。このマレッティよりやや背の高い背筋のよい女は、けして見栄えの良いとは云えない地味な顔つきにも関わらず、斜めに縛った薄汚れた錆色の赤毛へ、不釣り合いな蝶形の金とルビーの髪止めをしている。
マレッティ、この髪止めがこやつのガリアとすぐに看破した。
どのような“ちから”があるのか知らないが、こういう手合いは、ふつうはサラティスでいえばセチュとして主戦を担う者を補佐するが……。
「で?」
マレッティ、先に仕掛けた。
「やるならとっととやりましょ? こちとら、さっきのバカにマントが燃やされちゃって、寒いのよお」
云われなくても、とでも云いたげに薄ら笑って、髪止め女め、ゆっくりと見えを切って抜剣した。
「ま、暗殺者がおしゃべりじゃ終わってるけど……」
マレッティは肩をすくめ、
「むかつくやつねえ……!」
暗殺者にもけして負けぬ狂気的な眼つきでガリアを出した。
が、である。
「……あれ?」
円舞光輪剣、光らない。
「……? ?」
ガリアのちからを発動させようとしても、何も光らぬ。
「まさか……」
もう、眼前に髪止めが迫っていた。一足跳びの歩法で、実剣が半身の構えから目にもとまらぬ速度で繰り出される。対応が遅れつつもマレッティ、全てガリアで受けながら髪止めと同じ速度で下がり、逆に斬り返しで反撃して敵の攻撃を封じて再び間合いをとるのに成功した。
髪止めが、真意で驚いた顔をした。
そしてしゃべった。
「……すごいよ、あんた……ガリアが出せるだけでも、さ……。ましてこの攻撃を捌くなんて……。他の連中は、ガリアも出せずにマヌケなツラかまして、泣きながら穴だらけにされるんだよ。さすがは」
「サラティスのカルマ、って? ガリア封じのガリアとは恐れ入ったわ。メストね」
「そうよ。メストよ」
「パーキャスで、メストの筆頭を殺したのは、あたしよお?」
「……」
髪止めが、やや呆然とした顔つきになった。
「どうしたの? 仇討ちでもする気になった?」
「……まさか」
髪止めが笑う。
「メストなんて、みんなで足の引っ張り合い。シロンが死んだからって、せいせいするやつはいても、悲しんだり仇討ちをもくろんだりするやつなんかいないよ。腰巾着ですら、ね。そして、あんたを殺せば、あたしがメスト筆頭になれるって寸法なのよ」
「なる……」
マレッティもほくそ笑む。
「なかなか楽しい遊びをやってるじゃないのお」
「そういうこと」
髪止めがヒュパァ! と空気を切って剣を振り、背筋を伸ばして右半身下段に構えた。この女、名をリットラという。金の髪止めであるガリアの銘は「紅玉付蝶形金簪」だ。歳は二十七であった。
マレッティ、その構えを知っていた。
「カントル流とは懐かしいわね……」
それは武術都市でもあるスターラの、代表的な剣術の一派だった。
「やっぱり知っているのね。あなたも、ちょっとかじっている剣筋だったものね」
「おかげさまで、子供のころちょっと、ね……ガリア遣いになってから、すっかり忘れてたけど!」