第2章 5-2 円舞光輪剣
無言でガリアの両手短剣を振りかざし、マレッティへ音も無く迫る!
ガリアの力で氷の上を滑るように地面を移動し……路地の壁すらも滑りあがって上空から襲撃!
マレッティから、とぐろを巻いて殺気が立ちのぼった。
「うぅああ!!」
振り向きざま、唸り声とともにその手から大小の光輪が幾重にも飛び出る。その数だけ暗殺者は空中で脳天から爪先までスライスされ、石壁に血糊をぶちまけた。
その、血の雨をものともせず、下段から強力に穂先の回転する長槍が突き出される!
マレッティはガリア「円舞光輪剣」を出し、光輪をまとう細身剣で穂先を捌きつつ下がった。光輪が回転穂先に砕かれ、光の粒が飛び散って逆に目くらましとなる。
路地から現れた鎖鎧の上にジャケットを着た筋肉質の女が、ガリアの長槍を手槍にまで縮め、回転も抑えて構えなおした。穂先には牙状の突起があり、物体を抉る。
そこへ、回りこんでいた三人目が合流する。マレッティが油断なく後ろも確認する。挟撃とは生意気な……そう思う間もなく、三人目が後ろから赤いボールのようなものを的確に投擲してきた。
ボールは直撃コースではなく、マレッティの頭上に飛んできて、軽い音を立てて破裂した。とたん、火のシャワーがマレッティを襲った!
マレッティは毛織のフード付きマントを脱ぎ捨てて、地面へ転がった。火の雨が付着したマントが、一気に燃え上がる。
「そら、そらッ!」
大きな靴ベラのような木製投擲器のガリアで、やや離れた場所から容赦なくその短髪で目の垂れた若い女が赤い球を投げつけてくる。そこへまたもガリアの槍の柄を伸ばして、火の雨の範囲外から回転槍が突きかかった。石畳をも削る威力だった!
「こおぉのぉ!! 小賢しいんだってえええの!!」
目を吊り上げ、マレッティの怒りと残忍さが爆発する。
光度が上がり、光輪剣が発光して火の球を投擲するガリア遣いの眼をつぶす。
その時には、巨大な光輪が高速で飛び、袈裟掛けに投擲器のガリア遣いを声も出させず両断していた。
「なん……!」
驚く槍のガリア遣いにも、猛獣じみてマレッティ、剣を振りかざして光輪を投げつける。まず槍の先端を落とし、柄をバラバラに裁断してガリアを破壊! 眼を剥いて驚愕するその目玉へ、凶悪的な閃光を叩きこんだ。
眼に激痛をおぼえ、視界が真っ白となり失明! 顔を抑えてよろめく名も知らぬ暗殺者を、マレッティは容赦なく両手両足を切り落として、のけ反って叫ぶ胴体を蹴り飛ばして転がし、唾を吐きかけ、何度も顔を踏みにじって、最後にもう一度思い切り蹴りつけると、失血死するまで放置するべく憤然とその場を後にした。
「あああああああ、アーーーーーーッ! 気分ワッッルゥウッ……!!」
怒りと嫌悪がおさまらず、マレッティは身震いするほどだった。相手にもならない暗殺者たちもさることながら、やはりあの通りで過ごした日々だ。汗と脂と油の臭いにまみれた男たちに、自らの若くすべらかな肉体の、ありとあらゆる箇所をねっとりと、かつ荒々しくなぶられる感触が、おぞましい悪寒とともにまざまざと蘇る。吐き気を通り越して、全身の皮を自ら剥ぎたくなる。
どうして自分はこんな場所へ来たのか。
もしかしたらそれは、この消去していた感触を強制的に思い出すためだったのかもしれない。
なぜなら怒りと憎悪が根源のおのれのガリアの威力が、数年ぶりにあり得ぬほど冴えわたっているのを、ひしひしと感じるからである。
そもそも中堅とはいえ商会のお嬢さんの柔肌を安く抱けるとしてマレッティは指名が入り、そこそこ稼いでいたはずであった。その手取りも雀の涙で、巨額の債務返済など夢のまた夢、経済的にもマレッティの憤怒は爆発寸前。通常なら砂を蹴ってもっと高級な店に売りこみをかけて移るべきところ、マレッティは突如としてガリアに目覚めたのだった。
この、円舞光輪剣に!!
まばゆく光り輝くこの剣は、すなわちマレッティの心は、人も竜も、どれだけの血を吸っていることか。
マレッティは振り返りもせずに通りを進み、また路地に入って当初の予定の通り工業区へ抜けようとした。
そこに、四人目が待ち構えていた。どうしてマレッティがこの路地を通ることが分かったのだろうか。
それは、この路地が最も狭く、工業区の最も複雑に入り組んでいる部分へ直結しているから、歓楽街の場末通りを工業区への抜け道として使う者なら必ずそこを通ると予測し、そして当たったのだった。